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『剣遊記\』

第一章  岸壁の給仕係。

     (10)

 黒崎は勝美と孝治と友美、さらに一番大事な桂を伴って、北九州港の第五開陽丸が接岸する予定であった埠頭を訪れた。

 

 港では桂の言うとおり、大勢の港湾ギルドの職員たちが、いまだに帰港をしない第五開陽丸への対応に追われている真っ最中でいた。そんなところへ黒崎と勝美が埠頭の事務所に入ると、ホールでは職員と第五開陽丸乗組員の家族たちとの間で、次のような押し問答が交わされていた。

 

「せめて、乗ってる人たちの生存とか安否だけでもわからないんですか!」

 

「もう少し待ってください! 今、調査隊の船を現地に派遣してますので、その報告がまだ無い以上……今はまだなんとも申し上げられません☁」

 

「あのねえ、一隻や二隻だけじゃどうしようもないじゃないですか! もう少し船の数が増やせないんですか☃」

 

「いえ、決して調査隊だけに任せているわけではありません☄ 現地の海上衛兵隊も本格的に捜索を始めていますので、その点はどうか、ご安心をしてください☝」

 

 この様子をうしろから眺めていた勝美は、黒崎の右肩に座っている格好で(今さら説明は不要であるが、ピクシーである勝美は、身長が常人の手の平サイズ)、声を小さめにつぶやいた。

 

「う〜ん、店長、今ん段階じゃあ、けっきょくなんもわからんごたあるですねぇ……☁」

 

 黒崎もコクリとうなずいた。

 

「まったくだがや……」

 

 なお、黒崎はあくまでも、勝手にギルドの事務所に入ったわけではなかった。市の顔役としての立場を有効活用したのである。そこで情報の収集に当たろうとしたのだが、結果はどうにもかんばしくないようだ。

 

 もちろん店の実務のほうは、熊手や由香たちに任せていた。それほどまでに黒崎は桂のため、店長の立場を超えて、ひと肌もふた肌も脱いだのだ。

 

 このような細かい心遣いや思いやりがあるからこそ、未来亭で働く者は、店長を慕ってあとについて行くのである。

 

 まあ、世の中には自分が威張り腐って威圧感さえばら撒けば、下の者が(怯えて)ついて来るなどと勝手に勘違いしている馬鹿も多いもの。

 

要するに、サディストの自己満足。そんな連中は黒崎の爪の垢でも煎じて飲むべきであろう。

 

 それはとにかくとして、黒崎はさらに小声でのつぶやきを続けた。

 

「……だからと言って、有りのままを桂に伝えるのは可哀想過ぎるがや。ここはあいつの力を借りるほうがいいだろうな」

 

「えっ? 『あいつ』って?」

 

 勝美が瞳を点にして振り向いたので、黒崎は軽く咳払いでごまかした。

 

「い、いや……僕が知ってる方法だがね」

 

「あ、そうなんですか☀ それやったら私かてまちなんか(佐賀弁で『待ち遠しい』)ですねぇ♠」

 

 勝美も半分だけ納得したような顔でうなずいてくれた。秘書である勝美は店長を、大きく信頼しているので。

 

 しかし実は黒崎には、勝美にも存在を秘密にしている、大きな頼りがいのある某人物が控えていた。

 

 自分の本当の両腕よりも、遥かに信頼のおける片腕的人物が。

 

 しかも現在、港湾ギルドの事務所内にて、すでに潜伏まで果たしていた。

 

 つまり黒崎は、もうひとりの未来亭関係者を、とっくの昔にギルドまで連れてきているわけ。だけど立場上極秘扱いであるその人物は、建物内に入ってはいても、喧騒の場と化している事務所のホールにはいなかった。

 

 彼の登場は、もうしばらく先の話となる。


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