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『剣遊記 番外編Y』

第三章 美女が液体人間。

     (6)

「遅かばい、秋恵ちゃん☹」

 

 もともとからの性格もあるが、律子は女猛者の異名にふさわしく、小さな話(?)にいつまでもこだわらなかった。なので自分が徹哉をぶっ叩いたことなどケロッと忘れ、早くも盗賊修行の本番に戻っていた。

 

 一番の加害者が誰かなど、まったく不問の話。

 

「まあ、こん部屋はほんとはずっと前、わたしも入ったことがあるばいねぇ✍ でもあれからずいぶん経っとうし、まず目ぼしいモンなんてもう無かと思うけん✊ やけども部屋の隅々の戸棚には盗賊のために必要な技術ば磨くような小道具が隠されとうけ、そればふたりで探してみ☞」

 

「はぁ〜〜い☺」

 

「ハイ、ナンダナ、バイネ」

 

 先輩女盗賊の指示どおり、秋恵と徹哉のふたりが、早速部屋のあちこちに配置されている、戸棚や小箱探りを開始した。

 

「気ぃつけるとよ☛ 小さい箱っちゅうたかて、もしかしてそいつはミミック{擬態獣}ってこともあるんやけねぇ☢ こん城にはその実習用で、おとなしいミミックが飼われとったこともあったんやけ♐☻」

 

「ほんとですか、お〜怖っ☠」

 

 律子のからかい半分で、秋恵の戸棚の奥を探る両手の動きが、一瞬ビビッた感じになった。ところが徹哉のほうはやはり、脅かしに動じる様子はまったくなし。

 

「律子サン、コンナもんガアッタンダナデゴワス」

 

 それどころか部屋の隅っこで、なにかを発見したようだ。律子の前にひとつの木箱を、両手でかかえながらで持ってきた。

 

「あら徹哉くん早かやねぇ☺」

 

 初め律子は、これに感心した。それから差し出された木箱を、熟練盗賊である律子は、さらに念を込めて確かめてみた。前後左右の面を、慎重に眺めてみる方法で。

 

「ちょっと待たんね☢ これって……なんか変ばい?☠」

 

 よく見るとその箱は、規則正しい動きで、まるで呼吸のような動作を繰り返していた。つまりが、例の物であったわけ。

 

「きゃん! これってミミックばい!」

 

 律子は慌てて、徹哉から木箱を取り上げ、それを部屋の奥へと放り投げた。するとカランと床に落ちた木箱の蓋がカパッと口を開き、そのままカエルのようにピョンピョンと飛び跳ねながら、部屋のさらに隅のほうへと逃げていった。その奥のほうに、どうやらそいつの隠れ場所があるようだ。

 

 いったい木箱風である体のどこに手足があるのやら。実に器用な生態といえた。だけど問題は、そのような客観的事実ではなかった。

 

「あんたねぇ! わたしがあんだけミミックに気ぃつけんしゃいっち言いよったとに、言うたそばからミミックば持ってくんやなかばい! もしかしていっちょも話ば聞いとらんかったと♨」

 

 心の準備もなしで怪生物を目の当たりにした衝撃が、いまだ覚めやらぬ律子であった。その怒りを徹哉相手にブチかますのだが、やはり動じる様子は、まるで皆無となっていた。

 

「み、み、み、みみっくッテ、ボクノでーたふぁいるニハ全然いんぷっとサレテナイ生キ物ナンダナ。バッテン、ヤ、ヤッパリヘ、ヘ、ヘ、兵隊サンノ位デイッタラ、イ、イッタイドノクライえらイノカナ」

 

 これではさすがの女猛者も、まったく形無しの有様。

 

「はあ? もう、もうよかばい☹ 次ん所に行きましょ☕」

 

 大きな頭痛を頭だけではなく全身で感じながら、この部屋における勉強は、これにて一応お開き。律子たちは別の部屋に向かうようにした。


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