『剣遊記 番外編Y』 第三章 美女が液体人間。 (21) 「つ、つ、つ、捕まえんしゃーーい!」
確かに異常な事態であった。しかしいつまでも、ボケッと見ている場合ではない。それに気づいた杭巣派が、慌てて男どもに、芸のない絶叫を張り上げた。それでも現在、自分でバンバンと跳ね回るピンクボールに変身している秋恵に、一同全員が見事、弄{もてあそ}ばされている状況なのだ。
「だ、駄目ですっちゃ!」
そんな有様であるから、配下のひとりは情けない悲鳴を上げるしかできなかった。
「あげな掴みどころんねえ化けモン、素手で捕まえるなんち無理っちゃよぉ! なんか網でもねえとよぉ!」
とたんにピンク色のボールが、今叫んだ男の顔面に、まともな体当たりをバシンッと喰らわした。
「ほげえっ!」
体当たりを喰らわされた男が、鼻を潰されてバッタリと、仰向けに廊下でバタンキューとなった。どうやら『化けモン』呼ばわりで、秋恵がカチンと立腹したらしい。
要するに、聴力が健在だという話。
「くっそぉーーっ! しばきたかぁ!」
目の前で配下を倒され、杭巣派が苦渋の歯ぎしりを繰り返した。
この間、事態の急変を、ただ傍観しているしかない律子であった。しかし自分を抑えている四人の男どもも、完全に秋恵の変身に目を奪われていた。
早い話がチャンスの到来。この絶好の機会を見逃す律子ではないのだ。
「いつまでわたしばさわっとうとね!」
四人の男どもの腕の力が、異常事態の連続でゆるんでいることも幸いした。律子はそいつらの手を強引に振りほどき、行きがけの駄賃とばかり、その内のひとりの下アゴに、ボグッと強烈な左パンチをお見舞いしてやった。
「ぎゃぼっ!」
もともとから律子は、豪快猛女。日頃から鍛えている腕力がそれなりにモノを言い、屈強に見える男が、あえなくこれにて轟沈した。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |