『剣遊記 番外編Y』 第三章 美女が液体人間。 (20) 秋恵が男どもの頭上を飛び越え、背後である廊下の床に、ペタンと着地をしてのけた。そのとたんだった(この地下通路って、そんなに天井が高かったっけ?)
「うげっ! 女が溶けようばい!」
連中のひとりが悲鳴を上げた。
「な、なんやとぉーーっ!?」
炉箆裸も大声で叫んだ。その声に律子も振り向けば、まさにそのとおり。ほとんど半裸に近い秋恵の体が、もはやボロ雑巾となっている衣服を残してドロドロドロぉ〜〜っと、極めて短い時間の間だった。床の上でまるでゴムか粘土のごとく人の形状を失い、見事平べったい円形の物体と化したのだ。
その色は秋恵の素肌と同じ桃色で、琥珀色の瞳も黒い髪も、もはやまったく消え失せていた。
だが彼女は、それで死んだわけではなかった。
「秋恵ちゃん!」
律子は床に広がっている、円形平面物体に向けて叫んだ。するとそれが不定形生物――そう、まるでスライム{粘液怪物}のようにゴニョゴニョグネグネと蠢{うごめ}き、やがて自然体で、小山のように床の上での盛り上がりを見せてくれた。
さらにそれからそのまま、スイカぐらいの大きさの、今度は球形の物体に変形した。
「秋恵ちゃん!」
律子は同じ大声を続けた。
「あなたって液体人間やったわけばいね!」
さすがに自分自身が変身体質なだけあって、律子は他人の変身にも、一応の慣れ(?)を感じていた。ただ、いきなりこの現場での急なサプライズで、心の準備が整っていなかっただけなのだ。それはとにかくとして、先輩の大声が、どうやら伝わったようである(耳がどこにあるのか皆目不明なのだが)。桃色のピンクボールが自分からまるで手毬{てまり}のように、その場でバンバンと自己跳躍を開始した。
しかもそのままジャンプ! 茫然としている炉箆裸の鼻っぱしに、見事な体当たりをバスンッと決めてくれた。
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