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『剣遊記 番外編Y』

第三章 美女が液体人間。

     (2)

 新人ふたりの初歩的研修の場に選んだだけあって、古城全体の造りは大変にこじんまりとした、ある意味とてもありふれている構造をしていた。

 

しかし内部は、やはり戦争に備えた形式。そのためか、なかなかに凝っている、軍事的な装いでもあった。それは地下室が地底深くまで掘り下げられ、さらに迷路のような何本もの通路の両側には、それこそ無数のドアがズラリとたくさん並んでいるからだ。

 

「うわぁ……ほんなこつここっち、冒険の舞台にちょっとだけピッタシなんばいねぇ★」

 

 そのような、いかにも要塞的趣きのある本格的な構えだけに、ある種の気懸かりのような思いが、どうやら秋恵の胸の中をよぎっているようでいた。

 

 無論その付近の心境に気づかない律子ではなかった。だけど今のところは修行の一環として、あえて口には出さないようにしていた。

 

「まあ、そうね☻」

 

「おしゃっぱかもしれんばってん、なんかほっぽ(長崎弁で『とても』)変ばいねぇ……きのうの感じやったら、あたしらの前にこん城に先客がおったはずばってん……きのうの夜からいっちょも見らんですねぇ……?」

 

 続いて秋恵が、ボソリとつぶやいたとおりだった。何人分かはあったと思われる靴跡の主連中と律子たち一行は、まだ一回も顔を合わせていないのだ。

 

 これがふつうならば、同業の盗賊同士として、挨拶のひとつでもありそうな場面。しかしそれが、いまだに果たされていなかった。

 

 新人の駆け出し盗賊とはいえ、一週間以上に渡る律子からの教えで、その辺の仁義は、秋恵もすでにきちんと心得ているだろう。だからこそ、心配性丸出しなセリフをこぼす心境も、それは無理からぬ話。だけど先輩盗賊は、熟練者の余裕で、後輩に応じ返してやるだけにしていた。

 

「別に気にせんでよかよ☆ 小さいっちゅうたかて、ここも城の端くれなんやけ☆ それなりにでたん広いとこなんばい☜☞ やけんどっか別ん所で寝泊まりばしよんやなか? あるいはとっくに帰っとんかもね⛍」

 

 もちろんこの場で、先輩が動揺する姿を見せたら、それこそ下の者に対して示しがつかない話となるだろう。そんな思いがあるのも、動じない姿勢のひとつの理由。だけどそれ以上に、律子には女盗賊の先輩としての、猛烈極まるプライドがあるのだ。それはいついかなる場合でも、後輩に弱味ば見せたらいかん――という誇りと自負。だから今は無用の杞憂よりも、修行と経験を積み重ねさせるほうが先決。ここでさっそく後輩に、盗賊としての腕試しを実行させるようにした。

 

「で、こんドア、今んとこ鍵が掛かっとうばい☚ ちょうどいいけん秋恵ちゃん、いつも教えとうとおりに開錠ばしてみてん☺」

 

「はい♠♐」

 

 秋恵も先客の存在は、ひとまず頭の隅っこに仕舞い込んだ感じ。律子から指示をされた、ドアの開錠に取り掛かった。

 

 この日のために、いつも持参している盗賊の七つ道具を携{たずさ}えて。


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