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『剣遊記 番外編Y』

第三章 美女が液体人間。

     (1)

「さっ、朝ばぁい! みんな早よ目ば覚ましんしゃい☀」

 

 野宿のため、野外調理用に準備していた小型の鍋を、律子は木の棒でカンカンと打ち鳴らした。

 

 それほどの大袈裟な方法で、秋恵と徹哉を叩き起こした時刻。それは朝日が平尾台の山麓を照らし始めて、まだ間もないくらいのころだった。

 

 ここは丘陵の上にそびえる、古い石造りの城の、一階大広間――とは言っても、中は見事に荒れ放題。外の原っぱと、ほとんど変わらないような場所になっていた。

 

「ふぁ〜〜い⛐」

 

 先輩の声で瞳を覚ました秋恵が、まずは寝覚めの大アクビを一発。そのあとで、明け方の冷え込みで素肌が震え、掛けていた簡易毛布を、もう一回頭からかぶり直した。

 

「ぶるるっ☃ やっぱ山ん中はいじくそ寒かですねぇ〜〜☃⛄」

 

 などと緊張感まるで無しの寝とぼけぶりを発揮。これで昨夜のうちに、汗をタオルで完全にふき取っていなかったら、山の中で見事に風邪を引いていたかもしれない。

 

理由はここにはお風呂がないので。

 

もちろんタオルで体の汗を拭いているとき、徹哉を城の外に放りだしていた。

 

ひどい話や。

 

ところが徹哉のほうはと言えば、別段寝覚めの顔――というわけでもなし。ただふつうに、仰向けの体勢からスクッと起き上がるだけ。それどころか、ふだんから着ている背広とネクタイ姿のままでいた。

 

つまりきのうから、まったく着替えをしていないわけ。おまけにこの山中にある石城の中、徹哉は野宿用簡易毛布も使わないで、それこそ平気な顔をして、ひと晩を過ごしたのだ。

 

「皆サン、オハヨウゴザイマスナンダナ」

 

「なんば言いよっとね♨ きのうの夜から毛布も掛けんで、『ボクハ大丈夫ナンダナ』なんち言いよったばってん、ほんなこつ体、大丈夫なんけ?」

 

 新人ふたりを統率する立場にある律子としては、秋恵と徹哉の健康を無事に管理維持する責務があった。おまけに徹哉は、黒崎店長から直々に預かった、何度も繰り返すけど大事なお客様。それだけに無謀にも、毛布もなしで夜の山の冷え込みを過ごした徹哉の体調が心配――いやそれよりも全然平気な様子が、むしろ不可思議かつ不可解な気がしてならなかった。

 

「きのうはあげん毛布ば掛けろっち言うとったとに、けっきょくそのまんまで寝ちゃうんやけねぇ♋ おかげでわたしんほうが、気懸かりでよう寝られんやったんばい♨」

 

「ソウナンデスカナナンダナ。ソレハドウモ、真ニスマンコッテスナンダナ」

 

 このような調子で、徹哉は今朝もまた、感情のカケラも感じさせない口振りを発揮してくれた。これでは先輩女盗賊のほっぺたが、プクッとふくらむばかりなり。

 

「もう♨ ほんなこつ人ん気も知らんでくさぁ☠☢」

 

 まさにこの有様では、これからの行き先なんとやらの展開が、今からすでに見え見えと言った感じである。


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