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『剣遊記 番外編Y』

第一章  女盗賊への弟子入り志願。

     (9)

「うん、よか☺ 死んじょらんばい☀」

 

 寝そべっている男の内のひとりの右手を取って、脈拍を確かめた律子は、さもなにも無かったかのような澄まし顔――のつもりを、秋恵相手に見せつけてやった。それからとりあえず、この場から立ち去ることとした。

 

「よかね☻ 誰からも見とられんうちに、こっから退散ばい☛」

 

 もちろん後輩である秋恵も連れてである。

 

 ところがその彼女が、なおも心配かつ不安そうな顔をして、律子に尋ねた。

 

「よかとでしょっか、先輩? こん人たち先輩んことあぶじょ(長崎弁で『おばけ』)なんち言うて、しっかり先輩のことばきゃーまぐる(長崎弁で『ビックリする』)ぐらい見とったですよ♋」

 

 だけど律子は、大きな見栄と啖呵で後輩に返すだけ。

 

「よかと☆ こいつら知らんかったみたいばってん、こげん見えたかてわたしは博多県では薔薇少女の盗賊穴生律子として、でたん有名げな☻ まあ、正しくはワーローズ{薔薇人間}なんやけどね☺ そやけん、こいつらもそれば知って、あとででたん後悔することになるとばい☻」

 

 これを耳に入れた秋恵の瞳に、突然キラキラと憧れの星が輝いた。

 

「薔薇の少女ですけぇ……そん響きって、なんかいじくそ素敵ですねぇ……ばってん……☁」

 

「ばってん……なんねそれ?」

 

 秋恵の言葉尻に律子は、なんとなくだが引っ掛かるモノを感じた。とたんに秋恵が、今度は頭を横にプルンプルンと振った。

 

「あ、い、いえ……そ、それはあとで……♋」

 

「そう?」

 

 このときの秋恵の瞳を見て、律子はそれ以上のツッコミを、急だけどやめる気になった。なぜなら後輩の瞳に、赤や黄色い薔薇の花が写っていたからだ。これがもしかして、秋恵のセリフの言葉尻なのだろうか。

 

 しかしこの理由も、律子自身にはわかっていた。それからはっきりと、秋恵が言ってくれた。

 

「それよかぁ……先輩の頭に咲いとう薔薇ん花……そっちもいじくそ素敵っち思いますばい……ひっちゃかめっちゃかにやねぇ……♡」

 

「あっ、いっけない☺☻ いくらアクセサリーっちゅうたかて、これはやっぱりやり過ぎばいねぇ☀」

 

 たった今気づいた自分の有様なのだが、律子も改めて、現況を口にした。それは自分自身の頭髪に、赤や黄色い薔薇の花が、それこそたくさん満開となって、今も咲いているのだ。

 

 最近では薔薇のパワーを発揮するたび、その後遺症でもないのだろうけど、頭部にしばらく、薔薇の花がたくさん咲いたままでいるときが多かった。

 

 これは別に痛くもかゆくもないし、見ようによっては可愛らしい薔薇の花飾りのようにも表現できるので、律子も一応承知済みにしていた。

 

 自分でも気に入っているし。

 

 ただし、自分の夫である和布刈秀正{めかり ひでまさ}だけには(剣遊記世界では夫婦別姓)、この花はあえてアクセサリーだと強弁していた。


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