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『剣遊記 番外編Y』

第一章  女盗賊への弟子入り志願。

     (12)

 話を三日前まで遡らせる。

 

 北九州市内における、最も大きな酒屋兼宿屋の未来亭。実は表の本業だけではなく、戦士や魔術師、さらに盗賊たちを多数傘下に収め、高度なギルド(組合組織)も形成していた。

 

 その盗賊組織に属する、女性だてらに一流の腕前の持ち主として名高い穴生律子は、ここしばらく大した仕事がなし。暇を持て余す怠惰な日々を過ごしていた。

 

 彼女のため息混じりな独り言によれば、現在の状況は、次のような感じの毎日であった。

 

「あ〜あ、ヒデったらまた、大学の遺跡発掘作業に呼ばれちゃって遠くに行ってしもうたし、祭子{さいこ}は寝てばっかしやし……考えてみたら今のわたしん周りって、仲間がひとりもおらんばいねぇ……☁」

 

 実は亭主の秀正が妻の体を気遣って(そろそろ次の出産が間近いと、病院で言われていた)、遠出の仕事をしないように忠告をされていた。だけどもともと、長きに渡って一箇所でジッとしていることが、大の苦手な律子なのだ。そのため早くも、我慢が限界に達している――とのもっぱらの評判。

 

 だからなにか軽い刺激を求め、未来亭の酒場でおもしろそうな情報を、朝からポツンとひとりで待っていた。けれど、待っているだけでは本当になにも起こらない現実が当たり前。それがこの世の常なのだ。

 

「ふぁ〜〜あ〜〜☁」

 

 そんな感じで、軽いアクビばかりを繰り返している律子のテーブルへ――だった。

 

「やあ、吸い込まされそうなアクビだがね」

 

 これまた軽い調子で声をかけてくれた者。未来亭の若主人である、黒崎健二{くろさき けんじ}氏の登場であった。

 

 無論律子たち盗賊集団の雇い主であり、また元締め的存在なのだ。

 

「あっ! 店長!」

 

 軽めのときであればいざ知らず、大きな口を堂々と開き、大アクビ連発中の場面を見られたとあっては、これも乙女の恥ずかしいシーンのひとつ。律子は慌てて口を閉じ、椅子にもたれて半分だらけきっていた姿勢も、さらなる大慌てでピシッと元へと立て直した。

 

 つまりシャキッ!

 

「ああ、そのまま、そのままでええがね。ふだんのままでええがや」

 

 黒崎は律子の慌てぶりを見て、口元に含み的な笑みを浮かべていた。それから女盗賊の真正面で、紳士的ポーズそのまま。静かに席を取った。

 

 ところが現われた者は、黒崎ひとりではなかった。店長は自分の右横に、律子にとっては初顔の少女(らしい年代の女性)を伴っていた。彼女はテーブルの椅子に座らず、黒崎の右横で立っているまま。直立不動の姿勢になっていた。ちなみに服装は、律子とだいたい似ているような、行動的TシャツとGパン姿。

 

 当然話題の中心は、彼女――と言う話の展開になった。

 

「店長……その子は?」

 

 大アクビなど、とっくに忘却。律子は初顔の少女について、黒崎に尋ねた。もちろん店長も、返答を用意済みにしていた。

 

「ああ、紹介するがや。彼女は盗賊志望の新人で、名前は大谷秋恵{おおたに あきえ}君。歳{とし}は十五歳だがや」


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