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『剣遊記 番外編Y』

第一章  女盗賊への弟子入り志願。

     (1)

「はぁーーいっ! そこのお嬢さん方おふたりさぁん♡ あなたたちはなにか、お変わりの特技をお持ちではありませんかぁ?」

 

「はあ?」

 

 真昼の繁華街でショッピングを楽しんでいたふたりの女性――緑色の髪をした女の子(えっ? 早速無理があるって?)――穴生律子{あのう りつこ}と、もうひとり(こちらはふつうの黒髪の女の子)。突然呼び止められて尋ねられた質問に、そろって瞳が点の状態となっていた。

 

「あ、あのぉ〜〜、お宅はいったい……どこの団体さんですけぇ?」

 

(お嬢さんっちゅうのは……正直うれしかばってん、わたしってとっくに結婚ばして、子供までおるったいねぇ☻)

 

 このような複雑極まる本心を、巧みに平静な顔をして隠しつつだった。律子は慎重に確かめるような口振りで、自分たちに声をかけてくれた、イカれた調子の男性(見た目二十代後半くらい)に、逆に尋ね返してみた。だけど、街頭でのこの手の類の勧誘的質問に真面目な態度で答えると、あとで大変な事態になる例が、現代社会のありふれた常識でもあるのだ。

 

 ちなみに男の服装は、いかにもポン引き風な黄色のアロハシャツ。ついでに頭も金髪に染めている。

 

 そんな疑いの思いでいる律子の内心を、どうやら見抜いた気にでもなっているらしかった。勧誘男の口が、まるで堰が切れたかのごとく、一気に炸裂してくれた。

 

 胡散臭いこと、このうえなかった。

 

「はぁい! よくぞ訊いてくれましたぁ☺ 私が所属してる団体さんですかぁ、それは良い質問ですねぇ☆ この私が所属してる団体はですねぇ、『全日本特殊能力発展開発振興協会』なのでぇす! これは世の中ひとりひとりに隠された才能及びぃ超能力を発掘してぇ、その開花顕現{けんげん}を促進援助してぇ、全世界に貢献させる使命を持つぅ、国際的なる聡明な組織なのでぇす☺ だからあなたの緑の髪もぉ、これはこれで大いに賞賛することができるのでぇす!」

 

「緑の髪ねぇ……☻」

 

 勧誘男の口調に訛りが感じられないので、どうやら九州人ではないようだ。かと言ってどこの出身かも、皆目わからないのだけれど。

 

 それよりも、自分の髪の色を言われる件は、これはこれで仕方んなかねぇ〜〜と、律子はふだんから、あきらめの境地になっていた。だけど、こうして無闇に強調されても、なんだか無性に腹が立つという、これまた実に複雑極まる心境なのだ。

 

(あんたかて、頭ば金に染めとろうに☹)

 

「ねえ先輩……もうあいばしてたいがいぶりに行きましょうよぉ……なんかやぐらしかけん♨」

 

 『全日本なんとかカンとか協会』とやらの早口に、連れである十代ぐらいの女の子が律子の右手を両手で握って引き、さっさと立ち去ろうとうながしてくれた。

 

彼女の表情には明らかに不審の色があった。その理由ははっきりと申して、男がもろに『変』だからであろう。

 

 律子に比べて、世間慣れしていない感じが、全身からにじみ出ている彼女であった。だからこその本能で、危険性を敏感に感じ取れるのだろうか。


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