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『剣遊記番外編U』

第二章 伝説の魔剣って、あ・た・し♡

     (9)

 その理由は万一岩から抜けたとしても、この剣が果たして、自分の腕に合うシロモノであるかどうか――という不安があるからだ。

 

 もちろん板堰とて、自分なら剣が抜けると、うぬぼれているわけではなかった。また、そのような皮算用を夢見ているつもりも、さらさらないのだ。

 

 現に、古来より何千人――いや何十万人もの戦士たちが、恐らく挑戦。そのことごとくを退けてきた魔剣である。それほどの言わば化け物のような怪剣が、自分のごとき一介の戦士にあっさり敗れるなどとは、とてもではないが到底考えられなかった。

 

 それが頭ではわかり切っていながらも、板堰に迷いが生じたさらなる理由は、ひと目見てこの剣があまりにも繊細で華麗――逆に苦言的な言い方をすれば、華奢な出来栄えであったから。これでは魔剣の異名が付いていても、剣使いが荒いと自認している自分の腕に、本当に耐えられるのであろうか。

 

「板堰殿、いかがなされましたか?」

 

「あっ……☁」

 

 つい一時的逡巡をしていた板堰であった。しかし二島のひと声で目が覚めたかのごとく、剣を握っている両腕に、一気に力を込め直した。

 

 その瞬間だった。板堰の体をまるで、電撃のように貫くなにかがあった。

 

「なっ! こ、これは……☢」

 

 このあとの言葉が、なぜか出てこなかった。その理由は力を込めたとたん、板堰の体に剣のほうから、なんとも言えない不可思議な感触が伝わってきたからだ。

 

 そのなんとも言えない『不可思議な感触』は、あっと言う間に板堰の全身を、頭のてっぺんから足のつま先まで、猛スピードで一直線に駆け抜けた。

 

「ほんま、いかがなされましたか、板堰殿?」

 

 端で見ていて不思議そうに尋ねる二島に、板堰はふだん、滅多に人には聞かせないような、上擦った声音で応えた。

 

「な……なんて言うてええのかわからんのじゃあ? まるで剣がわしん手にでーれー貼り付くようじゃあ……☠」

 

「貼り付く……ですと?」

 

 さすがの二島も、返答に困るような顔となった。それに構わず、板堰はつぶやきに近いような言葉を続けた。

 

「あ……ああ、しかもじゃ、こんまんま握っとうだけで、剣がまるでわしん手になじむような気がするけんのー……♂」

 

 セリフの後半は、もはや二島相手ではなし。むしろ自分自身に向かって言い聞かせるような意味合いが強かった。

 

 初めはただの華奢な代物だと思っていた剣が、なんだか製造されたときから自分を待ち続けていた――そのような気さえ――いやもしかしたら錯覚さえ、今の板堰は感じていた。

 

 それでもこの本心は、さすがに口には出さなかった。しかし板堰はこの時点において、はっきりと確信した。

 

 この剣は、わしが使うためにここにあるんじゃ――と。

 

 根拠など、もはやどうでも良し。そうなるとあとひとつ。大きな問題が手元に残った。

 

 果たして岩に突き刺さったこの剣を、ほんまにわしが引き抜くことができるんじゃろうか――だけである。

 

「ぶもう! ボヤボヤせえへんで早よやってんか! あとがつかえてまんのや、もう☠」

 

 控えのミノタウロスから急かされたわけでもないが、板堰は剣の柄を握る自分の両腕に、さらなる渾身の力を込めた。

 

 ここまでくればもう、あとは当たって砕けろ――しか進む道はなし。

 

 自分が初めて魔剣の持ち主となれるのか。それとも、敗れ去った何十万人の内のひとりとなるか。

 

 念を込めて、一気に力を入れる。

 

 

 スポッ

 

 

「…………」

 

 絶句。

 

 気がつけば、魔剣が岩の束縛から離れ、見事板堰の両手にしっかりと握られていた。


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