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『剣遊記番外編U』

第二章 伝説の魔剣って、あ・た・し♡

     (6)

「ほらぁ! 次のやつ、さっさと入んな♘」

 

 魔剣が展示をされている洞窟の入り口では、村の役人であろうか、大した風采でもない男がひとり、偉そうな態度で丸椅子に座って踏ん反り返っていた。

 

 これも長い剣の管理人仕事をしているうちに、いつの間にか『おれはエラいねん☻』意識を芽生えさせた結果であろう。

 

 早い話が、ただの勘違い。

 

「おっしゃあ!」

 

 そんな役人に呼ばれて、板堰の前の前にいる黒い熊の毛皮を着込んだ大男が、勇んで洞窟内へと突進した。このころにはすでに、麻司岩と脛駆のふたりも、きちんと行列に加わっていた。

 

 ただし、ふたりともかなり酒を飲んでいる様子。それでもちゃんと、自分の順番までに戻ってこられるのだから、これはこれで褒めてあげてもよろしかったりして。

 

 その麻司岩が酒臭い息を撒き散らしながらで、うしろにいる板堰に振り返った。例によっての嫌味を吹っ掛けるために。

 

「けっ、もんげー(岡山弁で『物凄い』)悪りーのぉ☠ 剣はオレがもらってくけー、おめえらはでーれー待ちぼうけになるんじゃのお☠」

 

 言っている内容は、ボキャブラリーの貧困そのもの。

 

「板堰殿、ここは我慢にしどころやで✋」

 

 これで二島がそっと止めてくれなければ、この場にて暴力沙汰が起こっている場面であった。

 

「……わかっとーけー✊ そげーでも、気分がすわろーしー(岡山弁で『良くない』)のぉ☠」

 

 しかし板堰は、ここでもふだん以上に我慢強い自分自身に、妙な不思議を感じていた。

 

(わしゃあ……こげーにも辛抱強かったんけー? いったいなんがちーとばかしじゃろうが、わしをこげーに変えたんじゃ?)

 

 そんな気持ちで、元先輩どもの戯言{ざれごと}を聞き流しているうちに、当の彼らに順番が回ってきた。見れば先発していた熊の毛皮の男が、挑んだときとはまるで別人の状態。しょんぼりとうな垂れた姿で、洞窟からトボトボと退場していた。

 

 中でなにが起こっているのかは、まだわからなかった。しかしこのような調子で、挑戦者がドンドン振るい落とされていくようだ。これでは順番が巡ってくるのも、当然に早いはずである。

 

 ここでまた麻司岩がうしろに振り返って、ニヤけた顔を見せつけてくれた。

 

「へっ♪ じゃあ行ってくるけのぉ✈ おめえらふたりは、とっとと帰りや♥」

 

(相変わらず、ぞぞけ(岡山弁で『鳥肌』)が立つような連中じゃけぇのぉ☠)

 

 板堰の背中に強烈な悪寒を感じさせるような、厭味な笑い方。そんな吐き気のするような気分を残して、麻司岩、脛駆、それに連れの魔術師の三人が、洞窟の中へと消えていった。その光景を見つめている二島が、ヘラヘラとした顔で板堰の右耳に口を寄せ、そっとささやいた。

 

「まあ、こちらは気にせえへんで、おとなしゅう順番を待ちましょうや⛷ 私の勘ではあいつらもきっと、徒労で出てきますさかいに♡」

 

 これは板堰も同意見だった。

 

「……そうじゃな⛹」

 

 麻司岩たちの実力の程は、かっての後輩であった自分もよく知っていた。態度はとにかくデカいが、彼らは自分よりも明らかに上級の者とは、過去に一度も対戦をした経験がないはずだ。むしろ強者に対してしっぽを振るほうが、遥かに得意技だと言えるほどに。

 

 無論、それは袂{たもと}を分かちあって、もう何年も昔の話になるのだが。


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