『剣遊記番外編U』 第二章 伝説の魔剣って、あ・た・し♡ (2) このとき板堰は、本気で二島を殴ってやろうかと考えていた。
「うっ!」
だがその前に、街道の前方(奈良へ向かう方角)からこちらに向かって歩いてくる三人の同業者と、見事に視線がカチ合った。板堰は思わず的に、ナックルダスター付きである右手を背中に引っ込めた。
なお、ここで言う『同業者』とは無論、板堰と同じ職業戦士のこと。ただし、鎧を着ている者は三人の内のふたりだけで、残りの左端にいるひとりは黒衣のフードである身なりから察するに、どうやら彼は魔術師のようである。
「おや? どうかなされましたかな?」
さすがに殴られるのは嫌なのだろう。二島が彼にしてみれば実に珍しく、ひと言で板堰に問いかけた。これに板堰は、苦渋に満ちた顔のつもりで返答した。
「わしの昔の知り合い……っちゅうか、先輩じゃった連中じゃけー☠ まさかこげーな場所で会っちまうなんてのぉ……☠」
「なるほどぉ……☞」
板堰の言葉を得て、二島も前方からこちらに近づく三人に目を向けた。
「あの御三方が、あなた様のご先輩にあたるわけなんでございますか✍ しかし、魔術師だけは同業とは言えへんのではないですかな?」
「戦士ふたりはそんとおりじゃが、わしも魔術師は知らんけー✋ たぶん、わしの知らんところで知り合いにでもなったんじゃろ⛷」
などとふたり(板堰と二島)で問答しているうちに、問題の三人が真正面まで到達。彼らも後輩を覚えていた。
「板堰守け⛅ こげーなとこで会うんも奇遇じゃのう☻ しかしオレは、おまえが生きとったほうが驚きじゃけー⚤」
戦士の内のひとり――茶色い革鎧を着ている男が、明らかに人を見下している目付きで再会の挨拶もなしに、いきなり厭味のひと言を言ってくれた。
(そうでんなぁ……これでは板堰殿が、でらい嫌な顔をされるのも無理ありまへんなぁ☠)
今のひと言で二島は即座に、この先輩連中とやらの本質を見抜いていた。一応先輩(『じゃった』と過去形付き)と、板堰は尊称しているものの、実態は格下いじめが趣味の、傲慢な性格なのであろう。
「麻司岩{ましがん}けー……☠」
板堰は苦虫を思いっきり、七百五十匹分噛み潰した。
逆襲はすぐに返ってきた。
「きちんと『先輩様』と言わんけー! そげーでもおめえは社会人のつもりけー! ついでだが、おれにも脛駆{すねく}先輩様って言うてほしいがのぉ♥」
最初に声をかけてきた麻司岩に比べ、格段に背が低いもうひとりの戦士――脛駆が、板堰の苦味まじりであるつぶやきにケチをつけ、ここぞとばかりに責め立てた。
このような連中にとって『社会人』とは、要するに自分たちの命令に従順な奴隷だけを差している、都合の良い用語。もちろん彼らなんぞに頭を下げる気のない板堰は、これになんの返答もしなかった。しかしそんな板堰の態度など、イチャモンをつけたくてたまらない様子である脛駆には、やはりどのような行動でも関係はなかった。要はなんでも、『言いがかり』の材料なのだ。
「おめえは我ら半倉{はんくら}道場門下の中では、一番ぼっけー最低なやつじゃったけのー⛔ とっくに野たれ死にしとったって思いよったんじゃがのぉ☠」
「おらぶな! うるせえんじゃ!」
このまま黙っていれば、恐らく言われ放題は間違いなし。仮にも元先輩であるふたりを前にして、板堰は猛然と反撃を喰らわせた。
「確かにあんたらの基準じゃったら、わしは最低じゃ! なにしろあんたらがしっぽ振りよったあんごー師匠の半倉を、このわしが張り倒して『はい、さよなら✈』させてもろうたんじゃけのー!」 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |