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『剣遊記番外編U』

第二章 伝説の魔剣って、あ・た・し♡

     (17)

「あっ、それからのぉ☘」

 

 すっかり自由過ぎ気分を満喫しているらしい千恵利に、板堰は見えない位置から声をかけてみた。

 

「はぁ〜〜い♡ なんでっかぁ〜〜♡」

 

 すぐに返事が戻ってきた。板堰はやや憮然気味になって、声をかけ直した。

 

「わしんこと、『あんた』やなんて、ぼっけー仰々しゅう言わんでええけんのー☕ わしん名は板堰守じゃあ☜」

 

「ふぅ〜〜ん♡」

 

 ここでまた、千恵利がくすっと微笑み返したご様子。これはたぶん、端から見れば天使の微笑みでも、彼女の素顔は魔神なので、いっそのこと魔性の笑みと表現するほうが正しい――のかも。

 

「じゃあ、これからは『まもる君』って呼んだらええっちゅうわけやねぇ♡」

 

「いや! そげーなもんじゃねえ!」

 

「おや? どうかなされはったんですか?」

 

 思わぬ逆襲を受け、板堰の顔に熱が増したのと、まるで歩調を合わせるかのようだった。ちょうど二島が町から戻ってきた。彼の両手には買い物で調達したのであろう。干し肉と干し野菜。パン、ぶどう酒などの入ったレジ袋がぶら下がっていた。

 

「い、いや! なんぼーにもないんじゃ☂」

 

「そうでっか★ それならけっこうでおまんがな♡」

 

 やや――ではなく、かなり慌て気味である板堰を見て、二島が顔に含み笑いを少々浮かべた。

 

 きっとなにもかも、とっくにお見通しなのであろう。もっともそれは口には出さず、二島は板堰の前に、袋の中の食料品を差し出すだけにしてくれた。

 

「野宿のことも考えて、体を温めるお酒も買っておきましたで☺ ところであなた様は下戸なんてことはないですよねぇ?」

 

「…………☁」

 

 無言が問いへの返答となった。もちろん二島は、すぐにピンときた様子っぷり。

 

「それは私の気が利きまへんで、大変すまんことでした☻ ところで千恵利はんは、どちらへ行かれましたかいな?」

 

「剣の娘ならべべ脱いで裸んなって、裏の滝に飛び込んでしもうてのー☛ まさかとは思うんじゃが、覗こうなんて考えたらいけんけのー♐」

 

 板堰は再び憮然の思いで、岩の向こう側をアゴでしゃくって、二島に示してやった。

 

「ほう、確かに水の音が聞こえまんなぁ♡」

 

 すぐに二島も顔を上げ、岩の向こうに目をやった。無論千恵利の水浴風景が見えるはずもないだろう。だけど彼女の澄んだ鼻歌だけは流れてくるようにして、ここまで聞こえていた。

 

「真にもって麗しい歌唱でございまするなぁ♪ 千恵利はんは魔神とおっしゃられるよりも、もしかしてセイレーン{歌精霊}の素質を持ってらっしゃるのではないでしょうか♫」

 

「そげーなどーならんこと言ってねえで、これから先どげーすんじゃ?」

 

「おっと、そうでございましたな♥」

 

 吟遊詩人としての職業柄であろう。つい千恵利の歌に聞き惚れかけた二島の関心を、板堰はこれまたまたの憮然の思いで引き戻した。

 

 思えば京都の町でこのエルフと出会って以来、散々な災難続きになっていた。いい加減にここら辺りで、責任を取ってもらいたいところではあるが。

 

「では、私がまず愚考いたしまするに……☻」

 

 そのような板堰の本心が、わかっているのかいないのか。二島はやはり町で調達したのであろう。関西地方の地図を足元の草むらに広げ、それから講釈のような説明を始めてくれた。

 

「とりあえずといたしましては、今夜はここ金剛山で野営を行ない、あしたの朝、北西の大阪市に向かいましょう✈ 万が一追っ手があったとしましても、大きな街に入ってしまえば、追跡をごまかしやすいですからなぁ♡」

 

 追っ手とは、明日香の村から千恵利を奪い返しにくるかもしれない、役人やミノタウロス連中のこと。

 

 とっくにあきらめていると見るのがふつうであろうが、やはり安心はまだまだ禁物とも言えるだろう。

 

「まっ、そげーなもんじゃろ☢ いろいろ文句はありそうじゃが、千恵利はもうわしにとっても、絶対手放す気にはなれんからのぉ☀ ところでちーと訊くんじゃが✍」

 

 地図を見て納得のうなずきを返しつつ、板堰は改めて二島に顔を向けた。

 

「はい、なんなりと☆」

 

 あっけらかん顔の二島に向け、板堰は単刀直入に言いきった。

 

「あんたは千恵利んこつ、魔神って言いようようじゃがのぉ⛔」

 

 これに二島も、コクリとうなずいた。

 

「はい、おっしゃるとおりで☆ 千恵利はん自身がそう自称しとうもんやさかい、私もそれにならいましてやね♡」

 

「やったら、ほんまあげーに、性格の軽い魔神ってほんまにおるんかのぉ? わしには今ひとつ信じられんのじゃが……♋」


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