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『剣遊記番外編U』

第二章 伝説の魔剣って、あ・た・し♡

     (16)

 明日香の村での、ほとんど言いがかりに等しい災難。そんな大迷惑の現場から離れ、板堰たちはようやくの思いで、奈良盆地の南部西方にそびえる金剛山の中腹辺りまで逃げ延び、そこで足を停めていた。

 

 また、自分たちのけっこうな逃げ足の速さにも、これはこれで大きな驚きモノ。だけどここまで来れば、明日香の村からも、もう遠い。あのミノタウロスたちもこれであきらめるだろうと言う、二島の判断であった。

 

「それでは私は里まで下りて、なんか食べ物と飲み物を買って参りまする✈ それまでどうぞ、ここでゆっくりお休みになってくださいませ♪」

 

 二島はそう言い残して金剛山を下り、麓の町へと向かった。山中に板堰――さらに人の姿に戻っている千恵利も残して。

 

 でもって板堰は、現在特にすることがなし。草むらで仰向けになって寝転がり、空を流れる雲を眺めていた。

 

 口にヨモギの葉っぱをくわえながらで。

 

 つまり暇を持て余し中。そんな戦士の耳に、先ほどから千恵利が口ずさむ鼻歌と、水の流れるせせらぎの音が聞こえていた。

 

 できれば板堰は、新しく手に入れた剣の、試し振りをしてみたかった。ところが剣のほうが再び千恵利の姿に戻ったので、剣技の再開は、当分お預けの格好となったわけ。

 

 板堰が寝込んでいる草むらの西側には、大きな岩をはさんで小さな滝があり、千恵利はそこで水浴びを満喫していた。彼女は板堰と二島が金剛山まで逃げてこの場に腰を落ち着けるなり、すぐに剣から人の姿へと変身。そのあげく、二島が買い物で里に下りていった直後だった。千恵利は自分で滝を見つけて、着ているTシャツやGパンなど全部脱ぎ捨てると、楽しく水浴を始めたのだ。

 

 自分が現在、どのような状況に置かれているのか。その立場も理解も全然関係なしの余裕っぷりで。

 

 そんな千恵利が水に入った理由。それは次のようなモノらしかった。

 

「あたしもずいぶん、体洗ってないんやもん⚠ そやさかい、体のあちこちがかゆうてたまらんわ☠」

 

「そりゃ、何百年も岩に刺さっとりゃ、体もよう洗えんじゃろうのぉ⛑」

 

 そう言って、最初は板堰も、水浴に理解を示していた。ところが次の千恵利のセリフが、板堰をまたもや仰天させた。

 

「そうでもないわ❦ あたしちょくちょく岩から離れて、洞窟の近くの川でよう泳ぎよったんやから♡」

 

「あんなぁ……✂」

 

 板堰はまさに、開いた口がふさがらない思いとなった。千恵利の話が本当だとすれば、彼女はけっこう勝手に岩から離れ、自由気ままに遊び回っていられたのだ。

 

 これでは明日香の村に代々伝わってきた魔剣の伝説――『剣を抜いた者が真の勇者』とは、いったいなんだったのであろうか。

 

「しょせん伝説なんち、そげーなもんじゃろうかのぉ……☃」

 

 なんとなくではあるが、あれほど必死になっていた自分が、なんだか馬鹿らしくなってきた。板堰は空を眺めながらで、そんな自分を自嘲した。

 

 なお、余談ながらに申しておく。水浴までの千恵利の一連の行動は、すべて板堰も目の前にいるのを承知でしているわけである。つまり脱衣も水浴も――さらに自分自身の裸も完全大公開。無論堅物であると同時に純情派でもある板堰は、このとき今世紀最大的に慌てまくった(あえて描写はしない)。

 

 千恵利はとにかく、とんでもないほどに奔放な性格だったのだ。しかも千恵利はこの調子で、盛んに板堰を誘惑したりもした。

 

「なあ、あんたもあたしといっしょに水浴びせえへんかぁ〜〜♡」

 

 とにかく目の前でいきなり服を脱いで真っ裸となったのだ。これにはさすがの道場破りも前述のとおり、大慌ての様。すぐに岩の陰に飛び込んで、それ以上千恵利の裸を見ないようにはした――ものの、彼女の透き通った白い素肌がしっかりと、板堰の網膜に焼き付いていた。

 

「で、でーれーちゃーけるもんじゃねぇ♡」

 

 板堰は顔を真っ赤にして、男の意地を張るしかなかった。

 

「かっわいいわねぇ〜〜♡ カッコつけてやねぇ〜〜♡」

 

 岩の向こう側でくすっと微笑み、裸で川面を遊泳している千恵利の様子が、まるで手に取るように板櫃には感じられた。

 

 これでは魔神と言うよりも、小悪魔と称すべきなのかもしれない。


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