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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (9)

 とりあえず騒動の事情聴取及び、大門による接待などの用件が終了。孝治たちは板堰といっしょに、衛兵隊詰め所をあとにしようとした。

 

 もちろんこれから、彼を未来亭へ招くつもり。

 

「極めて残念だ☂ せっかく我が屋敷へ招待をして、盛大なる歓迎を行なおうと思っていたんだが……☹」

 

 正面出入り口で見送りに立つ大門が、実に女々しく未練をこぼしていた。衛兵隊長は本気で板堰を家まで連れて帰る気でいたらしいのだが、あいにく剣豪に、その気はまったくなかったのだ。

 

 今までの言動ぶりから見て、板堰は周囲からちやほやされることが、大の苦手のようである。そこで個室が用意できる未来亭の話を孝治から聞いて、一夜の宿を借りるつもりらしく、こちらを選択したようだ。

 

 ところが、そんななごやか(?)なる雰囲気を、見事にぶち壊す事態が発生した。

 

「さあ、もう帰ってええっちゃけね!」

 

「馬っ鹿野郎ぉっ! 無実の一般市民ばこげんひでえ目に遭わせてからにぃ! ゆおーーっし! 人権委員会に訴えちゃるけねぇ!」

 

 衛兵と、もうひとりの騒々しい声が、突如周辺に響き渡った。

 

(うわっち! どっかで聞いたことあるような声……? それも……とびっきり邪悪な感じがするっちゃけどぉ……☠)

 

 孝治の耳にも乱入した濁声は、脳内の危機管理意識に非常警戒警報を発令させた。

 

「くそぉ! なんの騒ぎだ、まったくぅ……♨」

 

 こちらは感傷的だった気分に、見事水を差されたらしい。大門がそばに控えさせている井堀に、騒ぎの根源を問いただした。

 

「いったい、どこの馬鹿者が騒いどるんだ!」

 

「は、はい……☁☃」

 

 井堀の返答には、なぜかためらいの色が混じっていた。

 

「……例の……覗きばやった先輩……やのうて、男が叫んじょるとですよ☹ ふぅ〜〜☁」

 

「なんだ、あいつなのか♨」

 

「はい……そうでして……けっきょく、ただ風呂屋ん前ば通ったっちゅうだけで、覗きでもなんでもなかっちゅうことがわかって、帰っていいよっちなったとですけど……あのとおりの悪態ばついちょりまして……☁」

 

「まったく人騒がせなやつだわい!」

 

 などと忌々しげに吐き捨てながら、大門が井堀を連れ、詰め所内へ戻ろうとした。すると入ってすぐの廊下で、周りを数人の衛兵が取り囲んでいる例の悪態男と、ばったり鉢合わせになった。

 

「うわっ!」

 

「せ、先輩っ!」

 

 大門と井堀が同時に声を上げた。

 

 そいつの身なりは、鎧を着込んだ戦士であった。だが明らかに不似合いなサングラス😎と中途半端なリーゼントが、ふたつの大きな特徴でもあった。

 

 ついでに孝治も叫んだ。

 

「うわっち! 荒生田先輩っ!」

 

 サングラス戦士も孝治に気がついた。

 

「おおっ! 孝治やないけぇーーっ♡ そうけぇ、こんオレば迎えに来てくれたっちゃねぇ♡♡ ゆおーーっし! そこまでオレば気づかってくれたとはうれしかねぇ♡♡♡」

 

 そのような殊勝な行動など、誰も考えてはいない。しかし勝手に――かつ強引に決め込む独り善がりな性格の持ち主。彼こそ未来亭の専属で、孝治の先輩戦士――荒生田和志{あろうだ かずし}に他ならないのだ。


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