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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (8)

「うわっち!」

 

 この場にて意表を突かれたとはいえ、話の流れ全体から考えて、孝治は大介が『弟子入り志願』を言い出すだろうと、大方の予想をしていた。

 

「やっぱ、こうなるっちゃねぇ〜〜✌」

 

「そうっちゃねぇ〜〜✌」

 

「うん✍」

 

 横で秀正と正男もうなずいている様子。どうやらふたりも、同じ空気を読んでいたようだ。だけど板堰にしてみれば、まさに『寝耳に水』――それもバケツ一杯分以上の話であろう。

 

「なにぃっ! ちょっと待てー!」

 

 仮にも剣豪ともあろう者が、目玉をそれこそ真ん丸にしていた。

 

「わしゃあ弟子を雇う柄{がら}じゃなかろうし、そんな主義もないじゃけ! 誰か別のモンに志願すればええがん!」

 

「いえっ! そげえこつありましぇん!」

 

 もちろん板堰がいくら断ったところで、もはや必死である大介が、簡単に引き下がるわけもないだろう。それこそしつこく土下座を続け、鼻先を床につけて食い下がるばかりでいた。

 

「きょう、先生の剣技ば、こん目でしっかり拝見してわかったとです! おれが目指しちょう剣の道は、先生が見せてくれた剣っちことを! やけん、ぜひとも弟子入りばお許しください!」

 

「……こりゃ参ったのぉ〜〜☹☹」

 

 剣豪板堰がきょうまで、どれほどの修行で剣の道を歩んできたのか。無論孝治は、くわしく知らない。ただ、それでも想像とは違っている一面を、瞳の前にいる板堰は見せつけていた。

 

(こん人、案外押しに弱そうみたいっちゃね☆ こげんなったら大介も、もうひと押しばい☀)

 

 早くも孝治の予想は当たった。

 

「勝手にするがええが!」

 

 けっきょく時間を長くかけるほどもなく、板堰のほうが早めに折れたわけ。大介がとがった鼻先をさらに床にこすり付け、深く深く頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます♡」

 

「良かったっちゃねぇ、大介ぇ☺」

 

 すぐに孝治を始め秀正と正男の三人でリザードマンの新弟子を囲み、念願成就を祝福してやった。そこへ釘を刺すかのように、板堰が厳しい口調でひと言付け加えた。

 

「ぼっけー勘違いすんじゃねえ☹ わしが言ったのは勝手について来ることを許しただけじゃ! だからおまえを弟子にしたつもりはねえ! もしこの先、足手纏いになるようじゃったら、そんときは遠慮のうそん場で身捨てるけえのぉ、いつもそん覚悟でおるんじゃぞ!」

 

「は、はい!」

 

 端で見てわかるほどだった。ふだんは無表情のリザードマンも、ここでは豹変。看板も返上。大介の体が緊張で、一気に引き締まっているように、孝治には感じられた。

 

 土下座の姿勢がいっぺんに、直立不動へと変わっているので。

 

しかし剣豪先生の本心はようわからんっちゃけど、これは大介の完全情熱勝ちっちゃね――と、孝治はこっそり考えた。

 

(まっ、これで帆柱先輩ば紹介することものうなったわけやけ、おれの出番ものうなったっちゅうことやね☀ まあ、大介自身が選ぶ道っちゃけ、これはこれでええ選択なんやろうねぇ♪)


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