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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (10)

「孝治ぃーーっ! オレばおまえの胸に飛び込ませぇーーっ!」

 

 孝治を目ざとく見つけ出すなり、荒生田が周りを固める衛兵たちの制止を強引に振り切り、派手な大ジャンプを披露した。

 

 狙うは当然、孝治のけっこう大きな胸元のみ。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 間一髪! 孝治の右の拳{こぶし}が、荒生田の顔面ド真ん中にバゴンッと炸裂。荒生田は道路上にうつ伏せとなって倒れた。また、この横では騒ぎを見ていた大介が、驚きの顔(らしい)で秀正に尋ねていた。

 

「な、なんねぇ……これっち?」

 

 秀正がいつもの調子とばかり、あっけらかん顔で答えた。

 

「そうっちゃねぇ☠ 大介は荒生田先輩ば見るんは初めてやったっちゃね♐ まあ、見てんとおりの戦士で、おれたちの先輩ばい……見んほうが良かったかもしれんとやけど☠」

 

「これが戦士? これが先輩かえ?」

 

 表情は相変わらずのポーカーフェイスであるが、大介の両目は、見事な真ん丸となっていた。恐らく心中を察するに、きっと大介の脳内では勇猛果敢なる戦士の想像図が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちているのだろう。その思いを喰い止めようとするかのごとく、今度は板堰のほうへ顔を向けていた。

 

 たぶん一度は崩れた戦士の理想像が、みるみると再生されていたりして。

 

 なおこの間、当の板堰は目の前で展開されている突飛な出来事を、完全他人事の顔でおもしろがっている様子。そこへ秀正が、大介にもうひと言付け加えた。

 

「早い話が、ピンからキリまでっちゅうことやね☀☂」

 

「ピンとキリが離れ過ぎ……ばい☁」

 

 表情ではやっぱりわからないが、口調はしっかりと青ざめている大介であった。それから続いて、聞き覚えのある声。孝治はまた、入り口のほうへ顔を向けた。

 

「どうも、お騒がせしてすいましぇん……☹」

 

「あれ?」

 

 見れば同じ未来亭専属の魔術師である牧山裕志{まきやま ひろし}も、詰め所から顔を出している所だった。

 

 裕志も荒生田の後輩で、孝治や秀正たちとは同期生。職業が魔術師なので、全体が黒を基調とした黒衣を身にまとっている。

 

 あとで聞いた話によれば、先輩の身元引受人として、衛兵隊に呼ばれたとの成り行き。要するに同じ詰め所内にいながら、孝治たちは荒生田と裕志の存在を、まったく知らなかったわけ。

 

 裕志もすぐ、正面入り口で陣取る孝治たちに気づいてくれた。

 

「あれぇ? みんな、こげんとこでなんしよんね?」

 

 衛兵隊詰め所のような堅苦しい場所においても、裕志の口調は気さくだった。すぐに孝治も返事を戻した。

 

「まあ、ちょっとした用で来たと☆ そっちこそなんでって……ああ、事情ならもう丸わかりっちゃね✌」

 

 それこそ聞かなくても、孝治たちにはすべてがお見通しとなっていた。とにかく荒生田が変な誤解を受け、衛兵隊に連行されたのだ。それがどうやら無実とわかったようだが、そうだとしても、理由が情けなかった。よりにもよって、戦士ともあろう者が、『覗き』の現行犯に疑われるとは。

 

「まっ、日頃の行ないからして、当然の自業自得っちゃね✍」

 

 孝治は深いため息を吐いた。その次の瞬間だった。顔面強打を受けて路上にうつ伏せとなって倒れていた荒生田が、突如ガバッと跳ね起きた。

 

 まさにバネ仕掛け人形のごとくして。


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