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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (7)

「わしがでーれー強いなどと世間に誤解されとうのは、この『魔剣チェリー』のおかげじゃけんのぉ☟ これがないと、わしはただの木偶{でく}の坊になってしまうんじゃ☹」

 

 長剣を一同に見せる板堰の口調には、どこか苦笑の色がにじんでいた。だがそれよりも、孝治の興味の対象は、やはり剣の名称だった。

 

「魔剣チェリー……ですかぁ?」

 

 剣豪が応接室のテーブル上に差し出した剣をじっくりと眺めながら、孝治はそのものズバリを言ってみた。

 

「ずいぶん……可愛らしいっちゃ可愛らしか名前ですねぇ☆」

 

「わしも気にしとうけえ☹」

 

 おのれの剣を『魔剣』などと、いかにも印象悪く表現する言い方も妙だった。だが、付けた名称が『チェリー』なのも――愛嬌たっぷりで良かやない――とも思えるのだけど――やっぱりどこか変である。

 

(そげん気にしちょるんやったら、名前ば変えればよかっちゃのに……なんでやろっか?)

 

 孝治は命名の理由を、ぜひ尋ねてみたいと考えた――けれど、実行はやめた。

 

 つまらない質問をして、ぶっ飛ばされたら損なので。

 

「おい……この剣、なんか赤こうなってないね?」

 

「へっ?」

 

 最初に気づいたらしい秀正から言われ、孝治は改めて剣を見つめ直した。確かに剣身がほんわりと、赤味を帯びているように見えていた。

 

「……ほ、ほんなこつぅ……♋」

 

「これだけ周りからぎょーさん見られたんじゃけー、きっと照れてしまったんじゃのう☻」

 

「照れるぅ?」

 

「剣が……ですかぁ?」

 

 ここで板堰が、またもや意味不明なるセリフ。秀正も正男も、もろ困惑顔となっていた。もちろん孝治も。例外は大介といえそうだが、表情はとにかく態度は困惑しているようだ。

 

「あのぉ……ちょっとさわってもよかですか?」

 

「ああ、ええが☛」

 

 板堰からの許しをいただき、正男が右手の人差し指でチェリーの剣身を、ちょちょっとつついてみた。

 

「ええっ? や、やわらかい?」

 

「えっ? ほんなこつ?」

 

 慌てて右手を引っ込めた正男に続いて、孝治も右手人差し指で剣に触れてみた。

 

「うわっち! ほんなこつやぁ!」

 

 金属とは明らかに異なる感触で、孝治も慌てて手を引っ込めた。あえて表現をすれば、なんだか人肌に近かった感じがする。

 

「まさかねぇ……☁」

 

 それから気を取り直し、もう一度触れてみた。すると今度は、ふつうの鉄の硬質となっていた。

 

 試しに指で弾いてみた。

 

 カチンカチンと、金属の乾いた音がした。

 

「うわっち? どげんなっとうと?」

 

 孝治の『?』に、板堰が答えてくれた。

 

「今のはチェリーが、気を緩めたようじゃのう☻ とにかくこれで、この剣が魔剣である理由が、ちーとはわかったじゃろう✍」

 

 それでも孝治の疑問は解消されなかった。

 

「魔剣っち……こげなもんなんですかぁ?」

 

 それというのも魔剣と聞けば、世間一般的にはふつう、呪いだの祟りだのといった、おどろおどろしいイメージがあるからだ。ところが板堰が所有する魔剣チェリーからは、どちらかと言えば、ひょうきんな感じさえ受けてしまう。

 

「う〜ん☁ 世の中ようわからんもんっちゃねぇ☹☹」

 

 完全に疑問満載の気持ちでいる孝治であった。だがこのとき大介が、突如思わぬ行動に出て、孝治たちをビックリさせてくれた。

 

「先生っ! お願いですっちゃ! おればぜひ弟子にしてくださいに!」

 

 いきなり応接室で土下座をしてひざまずき、板堰に弟子入りを申し込んだのだ。


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