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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (4)

 この一方で、戦士の端くれである孝治も、板堰の話――と言うより、噂を耳にした覚えがあった。

 

「……あん人が、板堰守けぇ……

 

 過去に聞いた話によれば、板堰守とは、まさに伝説上の人物で、帝都京都市で初めて道場破りを決行。その際いきなり道場の師範代を倒して頭角を現わしたかと思えば、続いて東北福島県会津若松{あいづわかまつ}市で大山賊集団を、たったひとりで蹴散らす剛腕ぶりを発揮。あげくは関東の千葉県を荒らす魑魅魍魎{ちみもうりょう}軍団を、これまたひとりで全滅させたと言われていた。

 

「日本中気ままに放浪しちょうっち聞いとったとやけど……まさかここ、北九州に来ちょったなんちねぇ……ぶるる!」

 

 それほどの伝説的超人物とは露知らず、成り行きで仲間となって共同戦線を張っていたのだ。孝治は今さらながらに体の奥底から、武者震いとはなんだか異質な感じの震えが生じてきた。

 

 さらにチンピラどもとの手合わせが、まったく瞳に止まらなかった――どころか、全然見えなかったことも、今となっては思いっきりに納得がいった感じ。剣豪がただ少し本気になっただけで、あのスピードと剣捌きが生じたわけなのだ。

 

 もちろん、高が街のチンピラ風情。実力差の開き過ぎも、一方的勝利の要因であろう。逆に言えば、それゆえの慣れた剣捌きでもあったわけだ。

 

「おい、孝治☛」

 

「うわっち!」

 

 すっかりもの思いにふけっていた孝治の右肩を、砂津がうしろから、ポンと軽く叩いてくれた。

 

「隊長はおまえらば無罪放免にするつもりらしいっちゃけど、一応話ば聞かんといけんけね☎ ちょっと衛兵隊まで来てくれんね☞ 時間は取らせんけ♦」

 

「あ、ああ、よかっちゃよ♠」

 

 少し心臓がドキドキしながらも、今の孝治に断る理由はなかった。いやむしろ、伝説の剣豪とさらなる同行ができるわけ。これならばまさしく、大歓迎といったところか。

 

「じゃあ、おれたちもよかっちゃね?」

 

「おれも行くっちゃ!」

 

「そげんやったら、おれも♐」

 

 秀正、大介、正男の三人も、あとから金魚のフンみたいについてきた。


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