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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (3)

 大門がすぐに孝治たちの中へと分け入って、その男の間近まで寄った。

 

 男は初め、照れ臭そうに顔をうつむかせた。しかし、別に帽子や仮面をかぶっているわけではないので、簡単に顔を覗かれた。

 

「……ん? お、おまえは……?」

 

 大門は伊達や家柄だけで衛兵隊長を務めているわけでは、決してない。男の顔を正面から拝見するなり、即座にその職業柄、大門の脳に蓄積されているであろう人名事典回路が、見事に作動をした――らしい。

 

 大門がいきなり叫んだ。

 

「おおーーっ! し、知っておるぞぉ! おまえ……いやあなたは剣豪板堰守{いたびつ まもる}殿ではないですかぁ!」

 

「うわっちぃーーっ!」

 

「ええーーっ!」

 

 さらに孝治を始め、秀正たちまでが周囲を飛び上がらせるほどの大驚声を張り上げた。その声が周辺の町々まで木霊するほどに。

 

 しかし灰色マントの男――板堰守とやらは、この場の空気には乗れない感じ。モロに謙遜と謙虚の態度でいた。

 

「いや……わしゃあ修行中の身じゃけん☹✊ なんぼーにも剣豪を名乗れるほどの器じゃないじゃろーで☁」

 

 だがこの程度の謙虚ぶりでは、この場のどよめきが収まるはずもなし。中でも衛兵隊長である大門など、一番の興奮しまくりだった。

 

「そ、そのようなことはございませんぞ! あなたのお名前は、このような地方にまでも響き渡っておるのですからなぁ! ま、まあ、このような場所ではなんですので、ここは我が衛兵隊詰め所までおいでになられて、そこでゆっくりとお話をお聞かせ願えませんでしょうか!」

 

 これにはさすがの剣豪とやらも、かなり引いている様子。

 

「しかし……わしゃあなあ……☁」

 

「まあまあ、お食事とお飲み物もご用意いたしますので! こらあ! おまえたちぃ! すぐに板堰殿を隊までご案内せんかぁ!」

 

「は、はい!」

 

 すぐに部下の衛兵(砂津や井堀たち)を急き立て、ほとんど強引に本人(板堰)の都合も聞かず、大門が剣豪を衛兵隊詰め所まで連れて行く。これではまるで、強制連行と、まったく変わらない。


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