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『剣遊記Y』

第二章 伝説の剣豪。

     (12)

 大門と荒生田は、お互いにきょうが初めての顔合わせのはず。しかし考えてみれば、片方は鋼鉄も真っ青なほどの石頭。もう片方は筋金入りの、いい加減野郎なのだ。これでは両者の波長が、共存を許すはずがない。

 

(ちょっと不味かったばいねぇ〜〜☁)

 

孝治は後悔した。この事態に、もっと早く気づくべきだった――と。

 

 だが、もう遅かった。

 

「き、貴様ぁ……栄誉ある騎士の面前に向けて、こともあろうに聞き捨てならぬ雑言を吐き捨てるとはぁ……♨」

 

「もっと言うちゃるばい♫♬ てめえなんか、腰のなまくら刀で大根でも切りよったらよかっちゃけね♪」

 

 よせばいいのに調子に乗った荒生田が、さらなる追い打ちをかけまくる。もともと沸点が異常に低そうな大門へと向けて。

 

「おのれぇーーっ! 我が大門家の家宝である『虎徹』の名誉まで傷付けるとはぁ! 断じて許せぇーーん!」

 

「おっと、ヤバかぁ!」

 

「むぁてぇーーっ! 虎徹の錆びにしてくれるわぁーーっ!」

 

 これにはさすがに、危険を感じたらしい。荒生田が脱兎のごとく、一目散に駆け出した。それをまた大門が、日本刀――『虎徹』を振り回しながらで追い駆ける。

 

 両者の行く先は不明。騒動はこのあと、市内全体でひと晩中続いたという。

 

 この間、終始目を大きく見開いたままの大介だった。だけどようやく、気が落ち着いたようだ。孝治にポツリとささやいた。

 

「な……なんやったんかえ、あれって? 今の人っち、ほんなこて君たちの先輩……なんけ?」

 

 孝治はこれに、今さらわざとらしいは承知の作り笑顔で応じてやった。

 

「ん? なんのことね? あげなサングラスの変態なんち、おれかて知らんのやけ☜☝☞」

 

 すでに散々、大介の目の前で先輩後輩の妙な関係を見せつけておきながらでの、苦しいシラバックレ。だけどこのシラは、板堰から簡単に一蹴された。

 

「そうじゃなかろう♐ なんの理由があるかは知らんのじゃが、目上のモンを軽う扱うようなちばける真似は、ようせんほうがええぞ☛」

 

(同じ目上っちゅうても、もっと立派に尊敬できる人やったら、もっと大事にしますっちゃよ☠)

 

 今の返事は口から出せないので(たぶん、板堰から怒られる⚠)、孝治は内心でそっとつぶやいた。その代わりでもないのだが、孝治は話を元の方向へと切り替えた。

 

「ま、まあ、それよか早く未来亭にご案内しますけん♐ 早よ、どうぞ♥」

 

「ああ、そうじゃな★」

 

 幸い板堰は、あっさりと孝治の勧めを了承してくれた。戦士と騎士との追い駆けっこなど、実際のところ、あまり気にしていないようだった。

 

「じゃあ、おれたちも✈」

 

 秀正と正男も、客人である板堰と大介を先導した。

 

「では、よろしく頼む✍」

 

 板堰が武人にふさわしく、深々と頭を下げた。それを見た大介も、慌てて頭を下げていた。

 

 ついでだけど、身元引受人の立場がなくなっている裕志もいた。

 

「ぼく……なんしに来たっちゃろっか?」

 

 実に情けなさそうな顔となって、秀正と正男たちのあとから、とぼとぼとついてきた。


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