前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記番外編T』

第一章  出会った三人。

     (2)

 この念仏はすでに何度もお見舞いをされ、仲間を次々と吹っ飛ばしてくれた、攻撃魔術の呪文に他ならなかった。

 

 だけどもこの間、山賊どもは全員一歩も、その場から動けず。

 

 素人目で見ても、呪文を唱えている最中の魔術師は隙だらけで、簡単に返り討ちができそうな状態にあるはず。事実、戦いの途中でうっかり長い呪文を唱えたばかりに、あっさりと討ち取られた魔術師も、この世には決して少なくはなかった。

 

 だがそれでも、山賊どもに手出しをする動きはゼロ。なぜなら呪文を唱えながらも女魔術師が切れ長の瞳で、彼らをキリリとにらみ続けているからだ。

 

 口頭での呪文と目線がまったく別に行動できるなど、それだけ彼女が魔術の達人である証しと言えよう。従って鱏毒一味の対応は、すべてにおいて後手そのもの。なにもかもが手遅れとなっていた。

 

「はあーーっ!」

 

 呪文が終わって、まさに男勝りの気合いが入った掛け声を、女魔術師が放ったとたんだった。十五人のうちの約半数――八人が、後方に一気に吹き飛ばされた。

 

「あぎゃあーーっ!」

 

「どえっへぇーーっ!」

 

 この世に数多くある攻撃魔術のひとつ――『衝撃波』の威力であった。

 

 これによって吹き飛ばされた者たちは、ある者は大木に後頭部を打ちつけて失神。またある者は地面を石ころのように転がされた。この惨状に残った者七人は、ジャアアアァァァァァァと失禁した。

 

「ひ、ひえーーっ!」

 

「この女、化けモンやぁーーっ!」

 

 もはや限界だった。親分である鱏毒を除く残った六人が山刀などの武器を投げ捨て、恥も外聞もなく山道を、山頂目指して駆け上がっていった。早い話が逃げ出したわけ。

 

 結果、たったひとり残された鱏毒に、魔術師の女性が堂々と迫る展開となった。

 

「ここまでやって逃げへんとは、さすがに山賊の大親分はんの貫禄がおますもんやなぁ☻ うちもこれだけは充分に敬服いたすもんでおますんやで☺」

 

「…………(汗)」

 

 この迫力に鱏毒は、なにも応えることができなかった。その代わりでもないのだが、顔面は脂汗でびっしょり。両足もガタガタガタガタと、さらに震えを増していた。

 

 こんな感じで、すでに貫禄自体が地に堕ちているとしか思えない親分を前にして、女魔術師は平然とした態度で言葉を続けた。

 

「しかもまだまだ、いかつい斧を手放してあらへん☜ そこんとこ拝見しますに、まだまだ降参する気にはなってあらへんようでおまんなぁ☢ よろしゅうおまっせ♪ このうちが、これから引導を渡して差し上げますさかいに♥」

 

 どうやら魔術師のほうも、けっこうおしゃべりなご様子。彼女のこのような長広舌を、今ごろになって『隙があったでぇ!』とでも見たようだ。

 

「お、往生せやぁーーっ!」

 

 震える両足を無理矢理的に奮い立たせ、お決まりの雄叫びを発して鱏毒が斧を上段に振り上げ、女魔術師に斬りかかった。

 

 ところが女魔術師は、この期に及んでも終始冷静。悲鳴を叫ぶ代わりなのか。右手を鱏毒の前に、さっと差し出した。

 

「お見苦しい悪あがきどすえ! じゃらじゃらせんで、お眠りになりなはれぇ!」

 

 この瞬間、女魔術師の右手の手の平から、淡いピンクの光が放たれた。

 

 それもまばゆい発光ではない。どこか温かみのある、人の目に優しい妖光ともいえそうな光線を。

 

 その光を真正面から受け、鱏毒は背中からバタリと倒れた。雑草と小石が転がる山道の上で。

 

「ぐおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 おまけに倒れ込んだと思ったら、そのまま山道のド真ん中にて大いびき。深い睡眠の世界へ入ってしまった。

 

「大山賊言うたかて、ちいとも大したもんやおまへんなぁ♾」

 

 眠れる山賊親分を見下す姿勢で、女魔術師はそっとつぶやいた。それと同時に、もうひと言も忘れなかった。

 

「『眠り』の魔術は呪文がよう要らへんさかい、ほんまに便利なもんでおますなぁ☺♡」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system