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『剣遊記番外編T』

第一章  出会った三人。

     (1)

「悪あがきもたいがいにして、武器を捨てて降伏しなはれ! でないとうちが、おまいさんたちに天罰を下しますえぇ!」

 

 周辺の山々まで凛と響き渡る、勇猛果敢な女性の声音であった。

 

 声の主は黒衣(世間で俗に言われている魔術師の定番衣装)を身にまとった、うら若き女魔術師。

 

 そのたったひとりである魔術師の女性を、山刀や曲刀などを手に持つむさ苦しい男どもが、およそ十五人。二重に取り巻いて威圧を繰り返していた――のだが、端から見ればそのとおりであっても、実態はまるで逆だった。

 

「な、な、な、なに馬鹿しちゃある……な、泣く子も黙っていんでくる、吾{あ}がら大山賊の鱏毒{えいどく}様が……そ、そ、そんな脅しにうとさくビビると……お、思っとんのやぁ……ど、どうや! おめえのほうが怖いやろうが!」

 

 男どもの先頭に立ち、熊の毛皮を着て戦闘斧を構えた山賊団の親分鱏毒。しかし、そのヒゲもしゃもしゃだが引きつった口調と、ガクガク震える両足を見てもわかるとおり、怯えている側は、むしろ男どものほうである。

 

 山賊は確かに十五人で、ひとりの女性を取り囲んでいた。だがその周りでは三十五人もの仲間たちが、口から泡を噴いてのびているか、あるいは全身を手酷く痛めつけられて、苦しそうにうめいていた。

 

 彼らが誰の手によって、このようにコテンパンにされたのか。それは明白すぎるほどに明白な話であろう。

 

「どうやら、おまいさんたちとお話しするのは、時間の無駄のようでおますなぁ☠ よって、そろそろカタをつけさせてもらいますわ♐」

 

 及び腰と逃げ腰で取り巻く男たちとは対照的。一見、四面楚歌のように感じられる女性のほうは、完全に余裕しゃくしゃくの姿勢でいた。

 

 おまけに内心で、ペロッと舌を出す横着ぶりまで持ち合わせている。

 

(もっともうちかて、話し合いする気なんぞ、毛頭おましまへんけどね☻)

 

「お……親分……☂」

 

 鱏毒の左横で、錆びた短刀を右手に構えている子分Aが、全身をやはりガタガタさせながら、自分の親玉に尋ねていた。

 

「ど……どないしまんのや? てきゃめっちゃ強いみたいやで☃ この際逃げまっか?」

 

「あ、アホ言うたらあかんで!」

 

 この最も前向き――あるいは現実対応型である子分Aの進言を、山賊の親分はむなしい空威張りで一蹴した。

 

「か、仮にも大山賊の鱏毒様が……お、お、女子{おなご}ひとりに、せ、せ、せ、背中見せて逃げたとあっちゃあ……あ、吾がら、に、日本中の山賊業界のお笑いになるやろうがぁ! て、て、て、てめえはそれでもええんかい!」

 

 子分Aは無言でうなずいた。恐らく口には出さないが、『それでええで!』の意思表示なのであろう。

 

 いっそのこと、こんな馬鹿な親分などさっさと見捨てて、自分だけでも五体満足のうちに逃げ出したいに違いない。だがあとで、親分から受けるであろう仕返しも、やっぱり怖い――と言ったところか。

 

「しょうがおまへんなぁ☹」

 

 鱏毒の虚しい空威張りに、女魔術師は呆れ気味の顔を隠そうともせず、深いため息をひとつ吐いた。

 

「できることやったら、首謀者のおまいさんだけはあとの取り調べに応じられはるぐらいの余力を残させてあげましょう思いよったんどすが、この期に及んでは、それもあきまへんようやなぁ⛑ そやさかい、命を助けてあげはる代わり、足腰を立たんようしておきますわ⚠」

 

 このとたん、鱏毒の脳天から噴煙が立ち昇った。しかもその光景が、誰の目にもはっきりと視認された。

 

「な、なんやとぉーーっ!」

 

 まさに挑発的な女魔術師の物言いに、たちまち怯えの心境も忘れ去り、怒りが頂点に達したらしかった。

 

 早い話。器が小さくて単細胞な男であった。それでも女魔術師が長口上を並べている間に襲いかかれば、それなりに逆転のチャンスもあったはず。ところがそのように行動しない辺りが、彼らの小心ぶりを、如実に表わしていた。

 

「それでは、どなたはんもお越しにならへんようでおますさかい、うちのほうから参りますえ✈」

 

 余裕しゃくしゃくの女魔術師は、右手を両目の位置に当て、なにやらぶつぶつと呪文らしき念仏を唱え始めた。この動作と同時、山賊どもの両足がビクッと反応。全員が全員、どうやら心臓までが激しく鼓動を始めたらしかった。

 

「ううっ……また始まったがなぁ……☢」

 

「ややなぁ……☠」


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