『剣遊記 邂逅編T』 第一章 出逢い……そして永遠に。 (1) 森は深い静寂に包まれていた。
それも当然すぎるほどに当然なのかもしれない。なぜならここは、街の喧騒から遠く離れた、名もない深山の奥底なのだから。
今、私の周囲には、誰もいなかった。
時折視界の隅をかすめる小虫の類でも、この私には無関心を決め込んでいるようだ。老いて朽ち果てる風前の灯火のような身など、まとわりつく労さえ惜しいのだろう。
私の頭上、木々の隙間からは、青白い月の光が、時々垣間見えていた。それがいったい満月なのか。それとも三日月なのか。今の私にはわからなかった。
このような有様であれば星の光など、それこそ見えようはずもない。
私は深い樹林の奥、樹齢何十年を生き長らえているのだろうか。ブナの老木に身をゆだね、時の流れだけを、ただ静かに見据え続けていた。
誤解なきように申しておけば、私は決して、死の到来を待ち望んでいるわけではない。確かに私は生きるべき生涯を生き抜き、また果たすべき責務はすべて、我が血を引く後継者に託し尽くしていた。
だが私には、まだまだできることがあった。
そうだ、私は待ち続けているのだ。
自ら申すには、なにやらはにかむ思いもするが、私の人生において、ひと時も欠かすことのできない、伴侶の到来を。
私自身の身に驚嘆すべき変化が起こったときも、それでも変わらぬ献身を与え続けてくれた、彼女との再会を。
そう、私は信じていた。
彼女が決して、私を裏切らないことを。
出逢いは……そう、私がまだ、この世の試練など、なにも知らないころ。
一人前を気取って、『私』ならぬ『おれ』などと、自称をしていたころ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |