『剣遊記11』 第五章 人質奪還作戦。 (9) 「えっ? 誰……?」
孝治は瞬間的で、声の発声源と思われる方向に顔を向けた。
「ああ〜〜ん☂ 美奈子ちゃんに千秋ちゃぁ〜〜ん☂」
「ああっ! 千夏ぅ!」
「おやおや、これはいったいどないなってまんのや!」
千秋と美奈子もビックリのご様子。なんと驚くべき事態。見知らぬごつい体格をした男が短刀を右手に構え、それを左手で拘束している千夏のノド元で光らせていた。
「い、いったい……いつん間に俺たちのうしろば取ったとやぁ!」
この突然の奇襲には、さすがの帆柱も、ほぼうろたえ気味でいた。また折尾やふたりの部下(場那個と雨森)も同様であった。
「お、おまえいったい、誰なんだぁ!」
「なんぼ考えもわからんたな、それはオレが教えるっしぃ☀」
ここでなぜだか、煎身沙がニタリ顔になっていた。
「そいつもオレの仲間で、ずっとおめえらの情報を集める役目ざぁしてたんしぃ☄ 絶対に正体かやしてもわからねえ方法ざぁね♥ だがもうあんじょう、その必要はねえっしぃ★」
「へい♥ そんとおりでのお♥」
短刀を握っている男も、親分と同じ。いやらしそうなニタリ顔を模写していた。
「失敗したらあかん密偵の役目とはいえ、おまえらのいけぇ車ざずっと引いてたんは、ちかっぺしんどかったのお☠ これでやっと、お役御免だしぃ☀」
「あの牛車ば引きよったっち?」
友美の頭で、ここでなにかピンとくるモノがあったようだ。その友美が牛車のほうへ顔を向け、右手でしっかりと指差した。
「そげん言うたら、牛が一頭のうなっとうみたいっちゃけどぉ……って、まさかぁ!?」
男がニタリ顔に加え、さらに白い前歯までも剥き出しにした。
「おいやぁ、おれはワーブル{牛人間}なんだしぃ☆」
「うわっち!」
友美の代わりで孝治は、驚きで三メートルのジャンプをしてやった(ウソ)。
「す、するとあんたは牛になっちょって、おれたちの車ば引きながら、ずっとスパイしよったんね?」
その驚きである孝治に、今度は親分の煎身沙が、相変わらずのニヤケ笑いで応じてくれた。
「そんとおり、そいつはオレの優秀な密偵だしぃ☆ だからじゃらくせえおめえが言うとおり、たった今までのおめえらの情報を、オレのとこまでしな〜っと流してくれてたんだしぃ♥」
「くそぉ……ワーブルが潜入してたとは、この折尾伸章……一生の不覚……☠」
折尾がくやしさのあまりか、牙を剥き出しで自分のくちびるを噛んでいた。少々の出血をやらかしているようだが、その気持ちは孝治も同感であった。
「ほんなこつ、思いっきり裏ばかかれましたけねぇ〜〜☠」
ちなみにどうでも良い話ではあるが、自称ワーブルの男は、きちんと着衣を済ませていた(薄汚れたランニングシャツとグレーの作業ズボン)。それこそいったいいつの間に、自分の服を用意して着たものやら。
「完っっ全に、おれの思い違いやったっちゃね☠」
孝治はこのとき、改めてつぶやき直した。初めは折尾が部下として雇っている場那個と雨森のふたりを、孝治は『嫌な野郎ども』やと胡散臭く感じ、ふたりに警戒の目を向けていた。さらにこんなふたりを雇っている折尾にも、『こん人、人ば見る目は確かなんやろっか?』などと考えてもいた。
しかし事態は、根本から間違っていたのだ。
確かに人を雇うときは、面接その他の方法で、その人なりを判断できる。だけど、車を牽く牛や馬などを調達するときは、その牽引動物の素情など、いったい誰が確かめられるであろうか。
とにかく今さら手遅れではあるが、孝治もここで、自分のくちびるを噛んだ。
「何度も言うっちゃけど、こりゃ思いっきし盲点ば突かれたもんちゃねぇ〜〜☠」
血が出ない程度に、少々力を弱めて。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |