『剣遊記11』 第五章 人質奪還作戦。 (6) 「ちかっぺひさしぶりやのぉ、折尾よぉ♥」
一団のリーダーらしい。先頭に立つ黒ヒゲの男が、これまたわざとらしい胴間声で吼え立てた。
まさに真っ黒なアゴ髭が、特徴と言えば大きな特徴――これを逆に言い換えれば、ヒゲ以外の他には、なんの取り得もなさそうな山親父であった。
「知っとうとか、あいつば?」
一団を目の前にして、帆柱がそっと折尾に尋ねていた。しかし当のキャラバン隊長も頭を横に振り、ヒョウの顔でうなるだけだった。ちなみに『うなる』と表現はしても、あくまでも人間の言葉であるけど。
「……わからん☁ さっきも言ったが、今まで自分が相手をした密猟組織の連中には違いなさそうだが……なにぶんにも数が多すぎて、いちいち覚えちゃいない✄」
「こちら、覚えてないそうですっちゃ!」
悩める折尾に代わって、孝治は密猟団――とやらに、返事を戻してやった。
この孝治側からの返答を受け、今度は黒ヒゲどものほうに、動揺が広がった様子である。
「親分……あいつら、あんなのくてぇこと言ってるしぃ……☁」
「もしかしてだけどぉ……ほんとにあっしらのこと、たんまで知らんのかも? これじゃちょっこしも交渉にならんざぁ☠」
親分の左右に控える槍藻と冷素不が、思いもしなかったであろう孝治側の反応に、大きな困惑をしていた。さらに親分である黒ヒゲの煎身沙は、ここでも自信喪失気味となっていた。
「オレたちゃ……密猟の業界でせわしねぇくれえ活躍しねとったのに……いまだに名前も覚えてくれんほどだちゃかんだったんだしぃ……きょうまで尽くした悪行の数々はいってえ、なんだったんしぃ?」
などと再び落ち込みを始めた煎身沙。
孝治たちは初見だけど。
そんな彼に、これまた意外な所から、異例極まる喝が入った。
「ちょっとぉ! 気落ちしてる場合じゃないでしょ! わたしたちを捕まえたあのときの威勢は、それこそなんだったのよぉ! これじゃ人質にされてるわたしと浩子の立場ってもんがないじゃない!」
「沙織ぃ! なんで敵の親分にほんこん(千葉弁で『本気で』)発破かけてんしょ!」
これではどちらの味方だかわからない沙織に、浩子が縄で縛られたままでのわめき立て。ふたりとも口はもちろん、精神も特に打撃を受けた様子はなし。心身ともに、極めて無事な状態でいるようだ。
それからすぐ、沙織が浩子に答えた。
「だって……いいのよ、これで♡」
「これでいいっぺ? なんではーいいけ、になるわけぇ?」
「そ、それはぁ……こそこそ♡」
「いえーーっ! 帆柱さんに助けてもらいたいっぺぇ!」
「ちょっと浩子ぉ! 声がデカいわよぉ!」
しかし、時すでに遅し。沙織が耳打ちで打ち明けた真意は、浩子の大声で、完全に周囲まで響き渡っていた。
早い話。沙織は現在陥っている自分の危機を、帆柱が白馬の王子になって救出してくれる展開として、淡い乙女心で期待しているのだ。
だからこそ煎身沙がここで、妙な弱気になっては困るわけ。
無論浩子の今の声は、孝治たちの所までとっくに伝わっていた。
「先輩、沙織さんたち、あげなこつ言いよりますっちゃよ♥」
孝治は今の状況を棚に上げ、冷やかし気分で帆柱の顔を下から眺めてみた。
「言うな……黙っちょけ♣☠」
帆柱は最大級クラスの赤い顔となっていた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |