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『剣遊記11』

第五章 人質奪還作戦。

     (3)

 だがやはり、神は泰子を見放していた。

 

「今なんか声がしたっちゃけど、そこに誰かおるんけぇ?」

 

 真にもってタイミングの悪い話。現在女の子とはいえ、中身はしっかり男性の孝治である。牛車の陰で美奈子が誰かと話している様子に気がつき、友美(と涼子)を伴って、のこのこと現場に顔を出してみた。それから当然のごとくであった。

 

「うわっち! なんしよんねぇ、あんたらぁ!」

 

 すでに何回も繰り返している失敗であるが、やはり裸の泰子は孝治にとって強烈過ぎだった。

 

「ああっ! 孝治! また鼻血がぁ!」

 

「わぷうっ! うわっちぃぃぃぃ!」

 

 友美が孝治の鼻からしたたり落ちた血液をちり紙で拭おうとしたところで、もはや手遅れ。これもいまだ孝治の意識下に潜在する、男の性{サガ}の為せる業{かるま}であろうか。

 

「やだあああああああっ!」

 

 泰子がさらに慌ててその場にしゃがみ込み、それから甲高い大悲鳴。この精霊の叫びが、さらなる悲劇を招く結果となった。

 

「ど、どげんしたとや!」

 

「なんかあったんかぁ!」

 

 最も恐れていた帆柱や折尾たちまでが声を聞いて駆けつけ、泰子自身で最悪の展開を呼び寄せる顛末。

 

「きゃあーーっ! 見るでねぇーーっ!」

 

「うわあっ! すまん!」

 

 慌てて帆柱と折尾、さらにふたりの部下(場那個と雨森)が回れ右。泰子に背中を向けた。さすがに何度も裸を拝見するのは、心に罪悪感が生じるようだ。

 

しかし時すでに遅し。泰子の悲鳴は山間の到る所まで、響き渡り過ぎるほどに響き渡っていた。

 

『なしてあたしたちって、いつもかつもこげな騒ぎになるとかいねぇ?』

 

 同じ全裸ではあっても、孝治と友美以外にはまったく披露をしない涼子は、とてもお気楽なものである。


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