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『剣遊記11』

第五章 人質奪還作戦。

     (2)

「ええっ! この娘{むすめ}っこ、わたすがわかるんけぇ?」

 

 驚きのあまりか、そよ風の姿でいた泰子が、今の場所で小竜巻へと変換した。だけども師匠である美奈子と姉の千秋は、どうやら風の精霊の存在に、まだ気づいていないようだった。

 

「えっ? あのシルフの娘はんが戻ってきはったんどすか? そやかてうちには、どだいわかりまへんのやけどなぁ☚☛」

 

「いんや師匠、千夏の勘は百発百中やで✌」

 

 師匠は半信半疑。姉のほうは妹を信じている感じでいながらも、両者千夏とはまったくの方向違いを、キョロキョロと見回していた。

 

(……美奈子さん、一流の魔術師って聞いとっただにぃ、なしてしぇんしぇいよりわらしんほうが、先にわたすを見つけるだぁ?)

 

 泰子は今や、本物の竜巻となっていた。ついでに周辺の枯れ葉や埃を宙へと巻き上げながら。そんなどうでも良いような思いで、泰子は真剣に悩んでもいた。だけどすぐに、今がそれどころではない状況を思い出した。

 

(ええだ✄ ここいらで戻っちゃうべぇ✈)

 

 ある意味悲壮とも言える覚悟を決め、泰子は風から人体への還元を決行した。

 

「ああっ! やっぱり泰子ちゃんですうぅぅぅ♡♡」

 

 しだいに実体化する泰子を目の当たりにして、千夏が『ほらぁ、言ったとおりさんですうぅぅぅ♡』の笑顔ではしゃぎ立てた。これではまるで、夢が現実になって喜ぶ、近所の子供と変わらない。

 

「見てみいや、師匠♡ 千夏の言うたとおりやで♡」

 

「ほんま、そのとおりでおまんなぁ♡」

 

 美奈子と千秋も泰子の急な出現を目視したものの、こちらは大人の風格だった。ふたりそろって、落ち着き払って構えているだけ。実際魔術を極めている者にとって精霊の能力などは、さほど興味を惹くほどの対象ではない。それでも実体化を果たした泰子の第一声は、これだった。

 

「すったげだぁ! 今までわたすが風になって気づいてくれたの、千夏ちゃんが初めてだんべぇ!」

 

 いつも仲の良い沙織や浩子でさえ、完全に風となった泰子の感知は、なかなか容易ではなかった。それを付き合いの浅い千夏が、見事にやってのけたのだ。

 

 ここでまた、特に慌てる素振りもなし。美奈子が泰子に、事情を尋ねてきた。

 

「前にも堪能させてもろうたんどすが、シルフの能力、改めはって間近で拝見させていただきましたどすえ♡ それはそうとしてでんなぁ、おまいはんだけがこないして先に戻ってきはったんは、沙織はんたちになんかかなんことが起こってはる、ということでっしゃろか? いったい何事でおますんや?」

 

 さすがは察知の鋭い美奈子と言うべきであろう。すぐに泰子は返事を戻した。

 

「そ、そんただことだぁ! 沙織と浩子がなもかもねえことになってんだべぇ! んだがらやっとが超特急で飛んで帰ったんだがらなぁ!」

 

「おまいはんの剣幕で、ドえらいことの予想は尽きますえ……尽きますさかいに……♋」

 

 息を切らせてまくし立てる泰子を前に、美奈子はどこまでも冷静さを貫いていた(やはりこちらのほうが上手{うわて}なのか)。

 

「尽きますからぁ……なんだべさ♨」

 

 そのあまりにも淡々とした姿勢ぶりで、今度は泰子のほうが、半分キレたいような気になった。シルフにはシルフなりの冷静さを、充分に兼ね備えているはずなのだが。

 

 すると美奈子は、そんな泰子をからかっているかのようだった。

 

「はいはい♡ 尽きますさかい、まずは服を着てくれまへんか♥ いくら婦女子の前やからと言わはりましても、ぎょーさんはしたのう振る舞いやおますことでんがな♥」

 

「ああっ! わかっとったども、やっぱさーい忘れとっただぁーーっ!」

 

 美奈子からの指摘を受けた泰子が、大慌てで自分の体の一番大事な二箇所(?)を隠した。もちろん自分の両手を使って、

 

 この事態は自分自身で懸念をしていたはずなのに、けっきょく人前での裸の公開となる風の精霊。不幸中の幸いと言っては言葉に語弊があるのだが、この場にいた者が美奈子と千秋と千夏の三人だけだったことは、まさに唯一の救いといっても良いのではなかろうか。


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