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『剣遊記11』

第五章 人質奪還作戦。

     (11)

 クアーーーーッ!

 

「げえっ!」

 

 突然幌の中から顔を出したモノと、まともに顔面衝突! 煎身沙が牛車の荷台から転落。地面で尻餅をつく醜態となった。なぜなら煎身沙が開いた幌から、とんでもない怪物が現われたからだ。

 

 折尾が叫んだ。

 

「小太郎{こたろう}っ! いつの間に檻から出たんだぁ!」

 

「なにっ! こたろうっ?」

 

 珍妙とも取れる折尾の大声に、帆柱が驚きの目を向けた。その行動は、孝治も同じであった。

 

「こたろうって……あれこそまさにグリフォンじゃん☞ ちいとばかしちっちゃいみたいっちゃけど、あれがおれたちが運びよったグリフォンね♐♠」

 

「そうだ★」

 

 ヒョウの顔で、これまた苦虫を六十五匹分噛んだような顔付き(もはや一目瞭然の域)になって、折尾がふたりの戦士(帆柱と孝治)にうなずいた。その問題である小太郎とやらは、牛車の前にていまだ尻餅状態でいる煎身沙を、まるでビーチボールのように鷲のくちばしを使って跳ね飛ばしていた。

 

 クアアーーッ!

 

「うぎゃあーーっ!」

 

 それからお遊びに飽きたのか、今度は明らかに大喜びの動作で、折尾の元へと飛び急いだ。

 

 これはどこの誰が見たとしても、飼い主と愛玩動物の、心と心が通い合う光景そのものであった。

 

「おう、よしよし♡ おまえをこんな所で外に出したくなかったんだが……☁」

 

 自分に親しげですり寄るグリフォン――小太郎を、折尾は愛おしそうに両手で愛撫してやった。しかしグリフォンは充分に成長すれば、それこそ家一軒分の大きさがある動物なのだ。それが現在孝治たちの目の前にいる小太郎は、見た感じでもまだ幼獣である状態が明らかな体格。もっともこれでも、成長しきったサラブレッドの大きさと、ほとんど変わらない図体をしていた。実際身長ならば一般人(女性)の平均並みである孝治でさえも、小太郎を大きく見上げているほどであるから。

 

「間近で見ると初めてっちゃけどぉ……子供とは言え、やっぱしデカかっちゃねぇ☀ それにずいぶん、折尾さんになついとうっちゃねぇ☝」

 

 孝治のつぶやきを耳にしたらしい。折尾が今度は、恥ずかしそうにうつむいていた。豹顔の黄金色の毛で覆われているほっぺたにも、ほんのりと赤味が入っているようだ。

 

「……そ、そうなんだ☠ 小太郎は自分が初めて保護したときから、あまりにも人に馴れ過ぎていた☁ だから最初は体が弱ってたせいもあって大切に介護してたんだが……それが良くなかった☠ こいつは人を見ても全然警戒せず、それどころか喜んで甘えるようになっちまった☠ それこそ人なら誰でもな……だから自然に帰すまで、一切人の姿を見せないように隔離してたんだが……☂☃」

 

「誰でもねぇ……✍」

 

 折尾の説明を受けて、孝治はおっとり刀で、小太郎への接近を試してみた。

 

それが間違いの元だった。

 

クアアアアアアアアッ!

 

「うわっち! ば、馬鹿ちん! おれは飼い主やなかぁ!」

 

 幼グリフォン――小太郎が、今度は孝治にじゃれついた。折尾にあまりにも馴れ馴れしくしている姿を見て、つい警戒心をゆるめた結果の、言わば自業自得はわかっているのだが。


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