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『剣遊記 閑話休題編V』

第二章 大都会、白昼の誘拐事件!

     (8)

 けっきょく大門は、黒崎の説得に同意をした格好。身代金交渉には、未来亭の店長自らが前面に出る展開となった。

 

 問題は、黒崎がお伴に、なぜか孝治を指名した件にあった。

 

「なしておれが誘拐事件解決に出らないけんとですか?」

 

 無論孝治は疑問満載。黒崎はこれに、答えにはなっていない答えを用意していた。

 

「孝治がこの物語{剣遊記}の主人公だからだがや」

 

「うわっち!」

 

 孝治は口を、カパッと大きく開く気持ちになった。

 

『そうそう☆ 主人公の運命からは孝治は逃れられんとやけね☻』

 

「それやったらわたしも巻き添えなんやろっか?」

 

 さらに――ではあるが、涼子と友美も護衛のような格好で、黒崎に同伴していた。まあ、一般的に見て戦士と魔術師が護衛業を営む例は珍しくない。従ってその形式で、大店の主人の用心棒についていると言ってもよい。またそのシチュエーションから見れば、犯人側からも変に思われる可能性は少ないであろう。

 

 現に脅迫状に『ひとりで来い』とは、一行も書かれていなかったのであるから(へ理屈)。

 

 つまり犯人グループが言う、人質と身代金交換の現場に向かっている者は、黒崎と孝治と友美。おまけで勝手について来ている涼子の四人だけ。もちろん黒崎は、涼子の存在を認知していない――と思われる(それ以前に彼女は幽霊であって、戦士でも魔術師でもない)。とにかくこのメンバーで犯人グループと対決するのだ。

 

 この四人の前方を、なんと当の脅迫状自体が空中をふわふわと漂って――それでもまっすぐに先導。完全に意思のある動きでもって、水先案内人を務めていた。それもなぜか、時々黒崎に引っ付いたり離れたりしながらで。

 

「命なき物に意思を与える……これって新しく開発された魔術なんやろっか?」

 

 本職の魔術師である友美が一番で、生きた用紙に興味を抱いている様子でいた。

 

「友美君もよう知らん魔術があるがや。これは僕にも勉強になるがね」

 

 黒崎も友美と同じ考えのようだった。

 

「それはそうとしたかて、えらい店長に馴れ馴れしい手紙っちゃねぇ☞☻」

 

 孝治は孝治で、脅迫状の変な行動っぷりに関心が向いていた。なにしろ先ほどから孝治たちの前を浮遊して進んでいるかと思えば、急に舞い戻って黒崎の全身にペタペタと、まるで愛撫のような振る舞いをしでかすのだから。

 

 それはともかく黒崎は左手に、身代金の金貨三百枚が入っている、茶色のビジネスバッグを握って提げていた。

 

 しかし本当に金貨と交換すれば、綾香を無事に返してくれるのだろうか。すべては現場に到着しないとわからない結末なのだが。


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