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『剣遊記 閑話休題編V』

第二章 大都会、白昼の誘拐事件!

     (7)

「な、なんか……紙がえすかぞーたんのごとやけど、ちかっと動きよりますばい……☁」

 

 勝美が宙に浮いた脅迫状から離れた空間で、恐る恐るの口調になって黒崎に告げていた。小さな右手で指差して。

 

「まさしく、指示に従え……という感じだがや」

 

 また黒崎が言うとおり、脅迫状の右端の先端部分がはっきりと上下に動いて、まるで『ついて来い☞』と『おいでおいで』を表現しているようだった。

 

「こ、この紙……生きとるっちゃよ♋」

 

 さすがは魔術にくわしい裕志が、こちらも右手で恐る恐る脅迫状を指差しながら、全員向けにささやいた。

 

「初めっからこの手紙が、ぼくたちの案内役だったみたいっちゃよ☛ どうやら身代金受け取り場所まで、ぼくたちば連れてくみたい……☁」

 

「ならば言われたとおり、犯人どものアジトまで案内してもらおうかの☹」

 

 大門が(たぶん自慢にしている)カイゼル髭を右手で扱い回しながら、生きている手紙のあとについて行こうとした。しかしその足を、黒崎が右手を前にして引き止めさせた。

 

「待ってほしいですがや。ここで大勢で押し掛けたら、犯人グループがただで済ますとは思えないんですが」

 

「そういう可能性もあるっちゃねぇ☹」

 

 友美が店長の言葉にうなずいていた。もちろん大門は、もろの渋顔。

 

「しかし……それでは我々衛兵隊の立場というものがありませんぞ☠」

 

「まっ、それも当然ちゃねぇ☻」

 

 その気持ち、孝治にも理解できなくもなかった。また隊員たちのほうも、隊長ほどではなさそうだが、やはり不満の表情を露骨にしていた。

 

「なんね、こっちがせっかく事件ば解決しようっちしとうのに、民間人が非協力的態度ば取らんでもよかろうも♨」

 

 砂津が腹を立てている感じでいるが、これもまた孝治の理解の範疇に入っていた。孝治はこの砂津と、ついでに井堀にも言ってやった。

 

「いや、おふたりの気持ちもわかるっちゃけど、ここは店長にも一計あるっち思うっちゃよ♥ あの店長が犯人たちに降参やなんてずえったいに有り得んち、おれは思うっちゃけ♐」

 

「う〜ん、なるほどぉ☻」

 

 井堀が感心した様子でふむふむとうなずきながら、その左手はしっかりと、孝治の尻にタッチしていた。

 

「うわっち!」

 

「……う〜む、それではいかなる策を、黒崎殿はお持ちなのでございますかな✐」

 

 孝治の声が聞こえたようでもなさそうだが、ここで念を押すような感じになって、大門が黒崎に尋ねた。これに黒崎は、その『策』とやらが、すでに決定しているような口調で答えた。

 

「僕が直接、犯人グループと会いますがや。もちろんお伴を何人か連れて行きますけど、衛兵隊の皆さん方は、影からそっと見守ってほしいのですが」

 

「う〜むぅ……☁」

 

 やはり大門は、自慢のカイゼル髭を右手で扱い回しながらでうなっていた。これが考え悩んでいるときの、衛兵隊隊長の無意識な癖のようなのだ。


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