『剣遊記 閑話休題編V』 第二章 大都会、白昼の誘拐事件! (6) 「うわっち!」
孝治もはっきりと目撃した。なんと、一見なんの変哲もなさそうな一枚の紙――脅迫状の便せんが、思わず目を閉じたくなるような発光を始めたではないか。
「わたし、こげなん初めて見たっちゃ!」
友美が声を大にして驚いた。いや、声を出せるだけでも、今この場にいるメンバーの中では、彼女が一番しっかりしている証明と言えるかも。孝治や秀正、正男は無論なのだが、肝心な大門隊長までが、口をアングリと開けている有様であるからして。
おっともうひとり、友美以上に気のしっかりしている者がいた。
「どうやら、書かれている文字が変わるようだがね」
店長の黒崎も、光る便せんを上から冷静に眺めていた。目をまったく閉じようともしないで。
「ほんなこつ?」
初めのドッキリからようやく元の調子に戻った気持ちの孝治も、黒崎の左横から便せんを覗いてみた。そこで光を我慢。瞳を大きく開いて見てみると、確かに書かれている文章が一時的にボヤけた感じとなり、やがて新しい字が書き直され――と言うよりも、なんだかうっすらと浮かんできた。
「こ、これっち……☁」
便せんを覗き込んだ孝治は、浮かんだ文章を読もうとした――が、それよりも早く黒崎が右手に取って、一同の前で読み上げた。
「今から身代金についてくわしく言うがや。要求は金貨三百枚。これからの諸君らの行動は、この紙に従うように……だがね」
「『かみ』に従うように……だとぉ?」
大門の両目が、見事な点になっていた。
それも無理はなし。孝治とて身代金うんぬんはよくわかるとして、『かみ』に従え――とは、いったいいかなる意味があるのだろうか。てんで見当がつかなかった。
「犯人たちって……もしかしてアホやろっか?」
孝治は無意識でつぶやいた。だが、その認識は甘かった。
「うわっ!」
突如黒崎が、これまた日頃の彼らしくもない驚きの声を上げたのだ。
「紙が……勝手に宙に浮いたがや」
「うわっち!」
孝治も続いて、驚きの声を上げた。黒崎が右手で持っていた一枚の便せんがその手を強引に離れ、ふわりと店内酒場の中心に舞い上がった。
それはまるで、意志のある生物の動きであった。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |