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『剣遊記 閑話休題編V』

第二章 大都会、白昼の誘拐事件!

     (3)

「うわっちぃーーっ! あーちゃんがさらわれたとやぁーーっ!」

 

 未来亭で昼食中だった孝治は(メニューは餃子定食)、慌てて帰ってきた朋子の報告で、座っている椅子ごと天井近くまで飛び上がった。

 

 同じテーブルに友美はもちろん、裕志と秀正と正男も顔をそろえていた。なお涼子はと言えば近所をちょっと散歩してくると言って、いつもの徘徊を楽しんでいる最中であった。

 

 ついでに言えばすでに前述のとおり、綾香の名前は本人の最初の希望により、『あーちゃん』で統一されていた。なんと言っても本人が、けっこう可愛らしいものだから。

 

 繰り返すが、例のドラゴン{竜}の化身のおっさんとは大違いでもあるし。

 

 おっと今は、そのような悠長な解説をしている場合ではない。

 

 凶悪な誘拐事件の発生である。

 

「い、い、い、い、いったいどこでさらわれたとやぁーーっ!」

 

 ついでの不幸は、現在食事の真っ最中であったこと。そのため、わめく孝治の口から定食のご飯粒が、雨あられのごとくテーブル上にばら撒かれた。

 

「うわっ! 汚ねっ☠」

 

 真正面の席に座っていた秀正が、とっさの反射神経でこれを避けようと、我が身をさっと右にかわした――が、顔面にご飯粒が、十個ばかしくっ付いた模様。

 

 合掌。

 

 そのような大迷惑など孝治は顧みず、帰ってきたばかりである朋子に向けて、一気にまくし立てた。

 

「ほんなこつどこでさらわれたんね! あーちゃんっち世界的にも貴重な存在……いんやそげんこつどげんでもよか! おれたちの大事な仲間なんやけね!」

 

「なんか孝治の言い方って、どこか引っ掛かるっちゃねぇ☢」

 

 孝治の右隣りで座っている友美がつぶやいた。孝治はこの声に気づかない振りをした。もっとも朋子のほうは本当に友美の声には気づいていないようで、青い顔になって店の外を右手で指差した。

 

「こっからそげん遠くにゃいにゃん! いつも買いモンで歩いてる通りにゃんやけ!」

 

「大変っちゃ! すぐ店長にも言わんと!」

 

 同席していた裕志が、大慌てで椅子から立ち上がった。

 

「おれ、衛兵隊ば言うてくるけ!」

 

 続いて正男も猛ダッシュ。駆け足で店から飛び出した。

 

「うわっち! あの隊長さんば呼んで来るっちゃねぇ☠」

 

 孝治は一瞬だが、脳内が思いっきり曇るような気持ちになった。最近御無沙汰しているのだが、あの隊長は今でも、おれんことば嫁さん候補にしちょるとやろっか――と言う感じで。


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