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『剣遊記 閑話休題編V』

第二章 大都会、白昼の誘拐事件!

     (2)

 そんな朋子と綾香の耳に、ふたりの進行方向とは真逆――つまり背中のほうから、なにやらガシャガシャと騒がしい音がした。その音を耳(注 ネコ耳ではなく、ふつうの人間型の耳)朋子はうしろを振り返ったのだが、ガシャガシャの元はなんと、大暴れ同然の馬に牽かれている馬車だった。

 

「危にゃかねぇ、端に寄らんと☢」

 

 交通ルールをきちんと守って、朋子は綾香の右手を自分の左手で握って引き寄せ、道路の右側の端に身を寄せた。

 

 しかし交通ルールに違反して、街中での馬車のスピード規制を無視する暴走族という輩は、どこの世界にもけっこう幅を効かせるものだ。中には飲酒をして馬を操るとんでもない猛者もいる始末だから、今や世も末といったところ。

 

「あーちゃん、気ぃつけにゃいかんにゃよ☢ こん街ってけっこう、気ぃ荒いんがおるんやけ☠」

 

「はい、先輩、気ぃつけます☹」

 

 綾香が朋子にうなずいた。これだけで済めば、暴走馬車は道の端に身を寄せたメイド服のふたりなど、気にも留めずに走り去るところだろう。だが馬車は、このふたりさえ思いも寄らぬ、とても危険な行為をしでかした。

 

 なんと、操っている二頭の馬を強引に道路の右端ギリギリまで寄せて、朋子と綾香の間近でキキィーーッと急停車をさせたのだ。

 

「にゃ、にゃんね! こげにゃ危にゃいことしてくさぁ♨」

 

 しかし事態は、朋子の憤慨だけでは収まらなかった。いきなり馬車の右側のドアがバタッと開かれ、中からバッと、まるで漁で使うような投網が投げつけられた。

 

 その投網はまっすぐ明らかに、綾香のみを狙っていた。

 

「きゃあーーっ! 先ぱぁーーい!」

 

「にゃあっ! あーちゃあーーん!」

 

 朋子の見ている前、わずか二秒ほどの早業であった。綾香はあっと言う間に網で絡み取られ、馬車の中へと一気に引き込まれた。

 

 まるで地引のようにして。

 

 早い話が強制拉致か。

 

「きゃあーーっ! そしてぇ、先輩助けてぇーーっ!」

 

「あーちゃあーーん!」

 

 朋子の瞳の前で。さらに大勢の一般市民たちが目を見張る最中においてであった。綾香の姿は誘拐馬車とともに、瞬く間で大通りから消えてしまった。


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