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『剣遊記 閑話休題編V』

第二章 大都会、白昼の誘拐事件!

     (1)

 初仕事から四日目、綾香は未来亭に奉職を始めて以来、初めてのおつかい仕事に就いていた。

 

 まあ新人が店(職場)の周辺を覚えるために店外への使いを指示される話は、どこでもよくある社員研修のひとつであろう。

 

 また、本日の相方――あるいは教育係は、給仕係の先輩である夜宮朋子{よみや ともこ}。

 

「どうにゃん? 仕事にはもうにゃれたっちゃにぇ?」

 

「は、はい♡ 先輩たちがでたん優しいもんで、すぐに仕事に慣れましたです、はい♡」

 

 速攻で笑顔を戻せるくらい、綾香は朋子の猫{にゃん}言葉にも完ぺきに慣れていた。ついでに先輩のお尻から伸びている猫しっぽにも。これは自分の頭にも角が生えているので、言わば同族のような思いであろうか。

 

「そしてぇ、もっと未来亭のこと、知りたかです、はい♡」

 

「それは任せてにゃん☆ もっとあたしらば頼ってええにゃんよ こん街んことも、全部含めてにゃね♡

 

「はいっ♡」

 

 返事どおりに綾香は北九州の市街(小倉の町)のあちらこちらを、キョロキョロと眺め回しながらで歩いていた。けれども実は、彼女の出身地は北九州市とは関門海峡をはさんだ、対岸である山口県下関市。従って特に遠距離というわけでもなく(実際、目と鼻の先であるし)、子供のころから親しんだ街並みのひとつでもあった(自己紹介のとき、全員に公表済み。訛りも本州と九州が混在している。なんにしても、朋子の猫言葉よりはまともであろう)。

 

 ついでに言うと綾香は、これでいてけっこう、好奇心の旺盛な性格でもあった。だからいったん興味を感じ始めたら、とことん追求を続けないといられない性分を、たちまちのうちに発揮した。

 

「そしてぇ、もっと訊いてもよかですかぁ?」

 

「そしてぇ? まあ、にゃんでも訊いちゃってええにゃんよ✌」

 

 朋子が先輩の鼻高々ぶりと貫禄を見せて、自分の胸を右手で軽くポンと叩いた。いつもどおりの制服となっている、白と黒と茶色の三色を基調にした、メイド服の上からである。すぐに綾香が瞳の色を変える勢いで、朋子をバタバタと質問攻めにした。

 

「さん、のー、がー、はい、で訊きますとですけどぉ、未来亭っち、先輩みたいないろんな変わっとう人たちがよう集まっとうとですけどぉ、そしてぇ、そん中でぇ、誰がいっちゃん変わっとうお人なんですけぇ?」

 

「変わっとう人にぇ?」

 

 正直、少し想定外気味だった綾香の質問で、朋子のお尻から伸びている猫しっぽが、直角にピンと伸ばされた。これは朋子が、少しだけ当惑したときの癖でもある。

 

「……それば言うたらぁ……あたしかてまあ変わっとう人んにゃかに入っとうとやけどぉ……見てんとおりのワーキャット{猫人間}にゃしぃ……にゃっぱしいっちゃん変わっとうっちゅうたらぁ、性別が男子から女子に変わっとう、戦士ばしよう孝治くんに尽きるにゃろうねぇ あーちゃんかて、もう知っとうやろ✍☞

 

 これは綾香の頭にも、すぐにピン💡ときたようだ。

 

「はい☆ いっちゃん最初の挨拶んときぃ、会場に倒れ込んだ戦士の人ですね✐ そしてぇ、あーちゃん、よう覚えちょります✌」

 

 今や『あーちゃん』の自称は、着任早々に全員の前で披露済みであったので、あっさりと未来亭の内部で受け入れられていた。それと同時に、綾香も未来亭メンバーの面々について、大方教えられていた。無論、孝治の件も教えられ済みである。

 

「あーちゃん、あの孝治さんば見たとき、初めはでたん綺麗な女の戦士さんっち思うたとですけどぉ、あとで男から性転換ばしたっち聞いて、ほんなこつビックリしたとですよ♋ そしてぇ、今度いつかじっくりそん話ば聞きたいっち思うちょりますとです☎☏」

 

「それにゃったら、あたしから孝治くんに話ば通しとくにゃあ☻ ここは先輩に任せんしゃい☆

 

 再び朋子が先輩の貫禄で、自分の胸を右手でポンと叩いた。このときふと気がついたのだが、自分と綾香が街の往来の真ん中で、妙に道行く人々からの注目を集めているようだった。

 

「にゃんか、みんにゃが見てるみたいにゃあ♐ まあ、理由はわかるんにゃけどにぇ♤」

 

 朋子と綾香は、そろって同じ様式のメイド服を着用して街の中を歩いていた。おまけに綾香の眉間には、中ぐらいに長い角が伸びている(朋子にも尻から猫しっぽが伸びている)。そんな状態であるからして、誰から声をかけられなくても、通行人たちの視線だけは、朋子と綾香にジロジロと集中しているのだ。

 

 もちろん好奇心と興味しんしんの対象として。

 

「これってっちゃねぇ、もうしょうがにゃいことやけねぇ☁」

 

 朋子は半分あきらめの境地で愚痴をつぶやいた。これは綾香の角とお互い様なのだが、朋子には朋子で、生まれたときから体に付いている、猫型のしっぽ。このおかげで周囲から、特別扱いばかりされてきた彼女である。この世に生を受けて十六年ともなれば、ある程度はこの現状に慣れている――と言うものだ。


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