『剣遊記 閑話休題編V』 第一章 一角{ユニコーン}の新人さん。 (14) 未来亭に新人給仕係が入社をした話は、あっと言う間で北九州市全体に響き渡っていた。
それも無理はなし。彼女がとても珍しい、ユニコーン族の人間タイプ――という興味しんしんが大であるのだから。
だけれど当の綾香自身は、初めから隠す気など毛頭ないような、ふだんの生活っぷり。ふつうに給仕業を勤めていた。だがなにしろ、眉間から堂々と伸びている、ネジ状の一本角である。これが人目に付いて、珍しがられないはずがないだろう。
そうなれば当然、一部の不心得な者たちの耳にも入るわけ――となる。
「あの店やね☛ 最近評判になっちょう、ユニコーンの娘っこがおる酒屋っちゅうのは☎」
「へい、姉貴☻」
未来亭の正面入り口を、西側にある建物の角から見張っている、複数の瞳、瞳、瞳の集まり。それも総数五人の、なぜかうら若そうな女性ばかり。服装はいずれも、市内では目立たない、ふつうの市井の格好をしていた。
彼女らの性格素性うんぬんについての解説はのちほどにして、いかにも悪だくみらしい会話は続いていた。
「あの未来亭ですっちゃ☞ 世界的に見たかて珍しいユニコーンの人間版っちゅうことで、こん界隈じゃごっつう大評判になっちょりますっちゃよ⚠ ついでに言うたら、そんユニコーンの娘には、タッチ行為が絶対厳禁にもなっちょうっちことも聞きましたっちゃねぇ⛐」
その姉貴分とやらが下っ端らしい女性の話を受け、ふふんと鼻を鳴らした。
「そりゃ、ヤローたちがユニコーンにさわったら、肝心の角がポッキリっちゅう伝説によっとんやろうねぇ♐ まあそこが、うちらの目の付け所なんやけどね☻ うちら女やったらユニコーンにさわったかて、別になんの影響もなかっちゃけねぇ✌ そやけどうちらにとっても、そこは慎重にやらないかんばい⚠」
「つまり? どげんことですっちゃ?」
身長の格差で下から見上げる妹分の問いに、姉貴分が再びふふんと鼻を鳴らして答えた。
「そりゃ、ユニコーンの角は世界最高の不老長寿の秘薬になるっちゅうからねぇ☀ それが簡単に折れてのうなったら、店としても大損害っちゅうことになるっちゃけ☠ うちらも気ぃつけんと⛔」
「で、その角をあたいらで頂戴させてもらうんでっか☻?」
別にいる関西系らしい妹分の含み笑い気味な問いに、姉貴分が今度は頭を横に振った。
「いんや、角ば強引に盗ったところで、転売のとき簡単にアシが付くっちゅうもんやけ☂ まずはあのユニコーンの娘っこばかっさろうて、角と命ば引き換えに身代金要求っていこうやないけ☠☠ ユニコーンの角ば大事にしたいとやったら、それに見合う金ば出しんしゃいってね☻ それやったらあとで店の体面ば考えて、むこうがあんまり表沙汰にせんもんやけ✌」
「やったぁ♡ さっすが姉貴ばいねぇ☻☻」
また別の妹分が、姉貴を囃し立てた。これにすぐ、姉貴も調子に乗ったようだ。聞かれてもいないのにベラベラとしゃべり始める、見事な有頂天ぶりを披露してくれた。
「そうっちゃよ☝ うちらが目指す『美しい国』実現のために、なんといっても資金が必要なんやけ✊ 理想の国家実現のためには、資金がいくらあっても足りんとばいね⛽」
天も許さぬであろう悪の計画は、このとき闇の中にて着々と進められていた。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |