前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (8)

「いけね! 涼子は静かにしといてや✄」

 

『はぁ〜〜い♪』

 

 幽霊娘をおとなしくさせて、孝治はドアを開いた。

 

「よっ、ちょっと待たせちゃったばいね♥」

 

「遅いっちゃぞ、孝治♨」

 

 廊下には秀正――と、もうひとりの男がいた。それも秀正と同じ、盗賊風の出で立ち――白いシャツを着て黒いズボンを履いていた。ただし、ただひとつの異なる点は、秀正みたいに頭にタオルを巻いていない所だけ。

 

 早い話が、この男も孝治とは古くからの知り合い。その知り合いが開口一番、堰を切ったかのように、孝治相手にまくし立てた。

 

「よう! ひさしぶりっちゃねぇ! あれからずっと仕事で遠くに行っとったけ、女になったおまえの顔ば見るのっち、ほんなこつひさしぶりなんよねぇ♥♡」

 

 とたんに孝治は、少々だけど憮然とした思いになった。

 

「確かにほんなこつひさしぶりっちゃねぇ☠ まあ、おまえのおかげでおれが性転換したっちこつ、あっちこっちで知れ渡ってしもうたとやけどね☂ 正男{まさお}よぉ☄」

 

「まあ、それはおれに感謝しや☀ しかしあんときはようわからんかったとやけど、女になっても体臭はあんまし変わっとらんのやねぇ♀♂」

 

 正男――こと枝光正男{えだみつ まさお}との再会は、孝治にとって、少々ぎこちない格好のものとなった。

 

 反対に正男はあっけらかん。それも無理はない。孝治は性転換をしてから初めて北九州に帰り着いたとき、そのニュースをいち早く全市内にふれ回った野郎こそが、この正男であるからだ。

 

 一方孝治のうしろでは、涼子がこっそりと友美に尋ねていた。

 

『ねえ、あれって誰?』

 

 涼子にとっては、正男は初対面の人物である。これに友美が秀正と正男に聞こえないよう、極小の声で答えていた。

 

「涼子は初めて見るっちゃね☺ あん人、秀正くんと同じ盗賊で、名前は枝光正男っちゅうと✍ で、やっぱり孝治と同期の人なんよ✐」

 

『ふぅ〜ん♠ また新しい登場人物ってわけっちゃね✍』

 

 ふふんとつぶやいて、涼子が自分の姿が見えない状態を良いこととし、正男の間近に寄って、顔や服装をジロジロと観察した。

 

 わかってはいるのだが、孝治はなんだか、冷や汗😅たらたらの気分だった。

 

『大した色男じゃなかっちゃね♐ それにすっごう獣{けもの}臭ぁ〜〜☠』

 

 そんな風に幽霊から散々な評価をされていようとは、恐らく夢にも思わないであろう。正男は正男で、孝治の顔を真正面から、まじまじと見つめていた。

 

「う〜〜ん♡ 体臭はそんまんまとしてぇ、声やら体の輪郭やらは変わっとうけど、こげんして改めて見れば、やっぱおまえは孝治っちゃね♥ あんときはいっぺんだけしか見てなかったけ、改めておまえの性転換ば再認識したっちゃよ♡」

 

「あちこちで言われたばい☠ それとおんなじセリフば……半分はおまえのせいやろうが☁」

 

知り合いと再会するたびに、何度も繰り返さないといけない、性転換の釈明。孝治はいい加減、うんざり気分となっていた。しかし、まだまだ遠方に出かけて帰っていない友人知人が山ほど存在しているのだ。それを思うと孝治の気苦労は、もうしばらく続きそうな感じである。だけど、いつまでも気落ちをしているわけにもいかない。孝治は話の方向を、無理矢理的に切り替えた。

 

「そ、それよか、今この街で起こっとうこと、もう秀正から聞いとるっち思うとやけど、捜査に協力してくれるっちゃね♐」

 

 衛兵隊から未来亭に捜査協力の依頼があったとき、すでに秀正は、盗賊仲間に声をかけ回っていた。

 

「ああ、任せときんしゃい!」

 

 孝治に念を押され、正男が胸を叩いて応えてくれた。誤解なきように記しておくが、孝治のではなく正男自身の胸である。

 

 さらにここで、秀正も悪乗り。

 

「盗賊が盗人ば捕まえるなんち、なんかおもしろいっちゃねぇ♡ それに捜査ともなれば、やっぱ正男の鼻が役に立つっちゃけね☀」

 

 すると正男が、急に苦笑混じりの顔となる。

 

「おいおい、確かにおれは鼻が利くっち自他ともに認めてよかっちゃけど、おれば犬扱いすんのだけはやめちゃってや☁ おれはもっと、誇りが高いんやけ☝」

 

「おっと、そうやった☏ すまんすまん☟」

 

 これにて肩を組み、大いに笑い合う正男と秀正。孝治はこんなふたりをこちらも苦笑気分で眺めつつ、ついでに感心したつもりでささやいた。

 

「やっぱ、往年のマチャマチャコンビは健在なんやねぇ♪」

 

 ここでまた、涼子が友美に尋ねていた。

 

『ねえ、孝治が言うた『まちゃまちゃこんび』って、なんね?』

 

 今度の返答に友美は、含み笑いを交えていた。

 

「大したことなかっちゃよ✒ ただ単に、正男くんの『正』と秀正くんの『正』ば、もじっただけやけね✍」

 

『なぁ〜んね、いっちょも大した中味やなかっちゃねぇ✄』

 

 涼子の言葉は、やはり辛辣のひと言といえるものだった。

 

 このある意味カッコよく、またある意味歯の浮くような光景を引き続き見ている涼子が、再び友美に尋ねた。

 

『ねえ、正男って盗賊について、もうちょっとよう教えてくれんね✑ どうせ孝治の友達なんやけ、かなり変わっとうっち思うとやけど✍』

 

「いいっちゃよ✌」

 

 それから友美が、孝治以外のふたり(正男と秀正)に気づかれないよう、そっと涼子に耳打ち。すぐに涼子が驚きの顔となった。

 

『ええーーっ! それってほんなこつぅーーっ!』

 

 声が聞こえないということは、これはこれでけっこう好都合なものである。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system