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『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (6)

(これって……これから先もずっと続く、騒動の火種っちゃねぇ……

 

 孝治は声に出さないようにしてつぶやいた。千秋・千夏の双子姉妹登場で、話がかなり脱線したからだ。しかしそれでもなお、話はおおむね、まとまる方向へと進んでいた。これもいわゆる、計算された御都合主義の賜物であろう。

 

「わかりました✌ 事件の捜査に、うちらも協力させてもらいますえ♡」

 

「うわっち! よ、良かったです♡ これでこっちも助かりますっちゃ☆」

 

 美奈子の色良い返事で話が無事に戻ったことにより、孝治はいささか、意表を突かれた気持ちになった。

 

 それでもほっと、安堵の息だけは吐いていた。ところが美奈子の次のセリフで、孝治は吐いたはずである安堵の息を、ゴクリと飲み直す破目にもなった。

 

「協力はさせてもらいまんのやけど、うちは孝治はんにひと言ですが、ぜひとも申したいことがおまんのやわ☁」

 

「うわっち? なんがですか?」

 

 美奈子から『ひと言』言われる理由が、孝治にはどうしても思いつかなかった。そのためか無意識的に、孝治は眉をしかめていた。

 

 そんな孝治をジッと切れ長の瞳で見つめつつ、美奈子がその『ひと言』を言ってくれた。

 

「孝治はんはこの前、うちらに黙って、中国山脈の石見銀山に行かれはったそうやおまへんか☞」

 

「ああ、行ったっちゃよ✈」

 

 その話であれば、つい最近の出来事である。古い地図を頼りに、孝治は秀正と裕志。さらに付録で荒生田先輩を長として、のこのこと島根県の石見まで遠征を行なった。

 

 だけどけっきょく、持ち帰った銀塊は粗悪品ばかり。大儲けどころか大赤字で終了する結果となり、冒険としては失敗の部類に入る旅であった。

 

 あのときは最初、孝治は美奈子も誘おうと考えていた。ところがあいにく別の仕事で不在だったために、美奈子は不参加となっていたのだ。

 

 それを今になって蒸し返す美奈子の真意が、孝治にはどうしてもわからなかった。

 

「あれは仕事ですれ違いやったんやけ、仕方なかっちゃよ✕」

 

 孝治は軽い気持ちで言葉を返した。しかし美奈子は、なぜか真剣だった。

 

「仕方なくはありまへん!」

 

「うわっち!」

 

 いつもとは異なる美奈子の不思議なド迫力で、孝治は正直度肝を抜かれた。

 

「せめてうちと千秋が帰るまで、待ってくれても良いことやったやおまへんか♨ そうすればうちといたしましても、多大な協力を惜しみまへんどしたのに……まあ、確かに今となりましては、すべては済んだことでおまんなぁ♨」

 

「はりゃりゃ……いったいなにが言いたかと?」

 

 ところが真剣だった割には、これまたあっさりと自己完結。孝治は自分の頭の上に、何個もの『?』を浮かべるしかなかった。

 

 実はこのあと、黒崎店長から聞いた話。石見への旅に出ている間に、美奈子は未来亭に帰っていた。そこへ孝治たちは銀の産地に出かけたと聞くや、彼女は非常に憤慨していたそうである。

 

 これは美奈子もけっこう、銀に執着していた――と言う話なのであろうか。しかし、もしも美奈子の石見行きが実現して、参加を強行していたら――話はまったく別のストーリーが展開されていたかも。

 

 幸か不幸か、美奈子はまた新たな仕事を引き受けて遠出を行ない、入れ替わりで帰ってきた孝治たちと遭遇する事態は起こらなかったわけなのだが。

 

 今の時点で美奈子の事情を知らない孝治は、彼女が怒る理由が、どうしてもわからなかった。そのためけっきょく面倒臭い気持ちになり、ここで白旗⚐を揚げるような気分で話を決着させた。

 

「わ、わかりました☠ 次から遠出のときには必ず声ばかけますけ、きょうのところは事件の解決優先っちゅうことで、よろしくお願いしますけね☀」

 

 これに美奈子は、ニッコリと微笑んでくれた。

 

「承知しましたえ♥ それでは魔術の用意をして待っておりますさかい☺ こちらもあんじょうよろしゅうお頼み申しますえ♥」

 

「はいはい☢」

 

 この『魔術の用意』なるものが、いったい捜査と冒険のどちらを意味するのやら。これもやはり、今の孝治には判断ができかねる言葉尻であった。


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