『剣遊記V』 第四章 大捜査線開幕! (4) 友美が美奈子と話している間に、孝治は今まで胸に秘めていたある疑問を、思い切って千秋に尋ねてみた。
「ねえ、ちょっと訊いてもよかっちゃろっか?」
「はぁい♡ なんですかぁ?」
「うわっち!」
この異様に明るい返事も、今までの千秋の性格からして、まったく考えられない姿である。
それでもその問題は今は不問にして、孝治は単刀直入に訊いてみた。
「み、美奈子さんってぇ、よう変身魔術で白いコブラに化けるっちゃけどぉ、これってなんか理由があるとやろっか?」
この質問は、美奈子と初対面したときから孝治の頭にめばえていた疑問である。ただしたった今、ヘビに変身する理由はベッドで丸くなって(つまり『とぐろ』を巻く)寝るのが好きだとか言ってくれた。しかし、それならなにもわざわざ――というより、目立ちやすい白コブラに変身する必然性など、どこにもないはずである。猫でもウサギでも、身近で可愛らしくて、もっと丸くなって眠られる動物は、いくらでもいるのだから。
「あ、それはですねぇ☀」
今となっては隠し立てをする気など、毛頭もさらさらもないらしい。千秋が孝治の右耳に、そっと口を寄せてきた。
「それはぁ、ずうっと前にですねぇ☀」
あのきつい関西弁ではないので、孝治はなんだか、違和感までも胸に抱き始めていた。もちろん千秋がそんな孝治の胸の内など、知るはずもなし。とにかく説明が始まった。
「美奈子ちゃんとぉいっしょにですねぇ、動物園さんにぃ行ったぁときでしたぁ☀ そこにぃ白いコブラちゃんがぁいてぇ、美奈子ちゃんがぁ……」
「ちょい待ち!」
孝治はここで右手を出して、千秋の説明を止めさせた。
「服装が急に変わったんも、いつもの関西弁がのうなっとるんも、この際どげんでもよか✄ でもどげんして師匠を『ちゃん』付けで言うようになったとや?」
これに千秋は、瞳をクリクリとさせていた。
「あれぇ? いつも言ってますですよぉ?」
孝治は頭痛を感じた。
「もうよか♨ 続きばどうぞ☞」
「はい、ですうぅぅぅ♡」
千秋の説明が再開された。
「それでぇ、美奈子ちゃんがぁ、白いコブラちゃんをとってもぉとってもぉ『きれいきれい♡』って言ってぇ、とっても喜んでましたんですうぅぅぅ♡ それでぇそのあとすぐぅ、変身の魔術さんでぇ、自分もぉ白いコブラちゃんにぃ、なったんですうぅぅぅ♡」
「………………♋」
一時的だが、孝治は絶句した。それからしばらくたって落ち着きを取り戻したが、自分でもよくわかるほどに、声音が見事に裏返っていた。
「つ、つまりぃ、美奈子さんは自分が好きなもんやけ……好きでコブラになるってことやね✈ 別に深い意味があるっちゅうわけやのうて……✖」
「はい、そうなんですうぅぅぅ♡」
理由は軽いが、これまた妙に納得できる話であった。おまけに自分の趣味で変身するのだ。美奈子はこれからも人の迷惑など顧{かえり}みず、白いコブラに化け続けるに違いない。その持ち前である、奔放な性格から予想をしても。
そんな未来を考えると、孝治の頭痛は、さらに悪化した。
そこへさらに、悪化に悪化を重ねる事態が発生。
「師匠、千夏{ちなつ}、今帰ったでぇ!」
「うわっち! 千秋ちゃんがふたりけぇ!」
孝治はその場にて飛び上がり、天井に再び頭を激突させた。
なんといきなりドアが開いて、今度こそ見慣れた野伏姿の千秋が、部屋に入ってきたからだ。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |