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『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (3)

 孝治はハッと瞳を覚ました。どうやら意識を失っていた時間は、ほんのわずかな間であったらしい。その失神中に、部屋の住人が戻っていた。

 

「ああっ! このお姉ちゃん、お目めパッチリさんとぉ、開きましたですうぅぅぅ☀ お買い物さんから帰ってみたらぁ、お部屋さんの中でぇ、お姉ちゃんがお寝んねしてましたのでぇ、とってもぉとってもぉ、ビックリさんしましたですうぅぅぅ☀☀」

 

「うわっちぃ……?」

 

 異常に明るい溌剌声の連呼で、孝治は今度こそはっきりと、意識が覚醒した。どうやら孝治はいまだに床の上で、大の字に仰向けとなっているようだ。その真上から、千秋の顔がなぜか天真爛漫に明るくて、苦悩のカケラも感じさせない笑顔で覗き込んでいた。

 

 しかしいつもの千秋であれば、目付きがけっこうきつくて、場合によっては孝治に見下しの視線を投げかけるはず。その記憶からすれば、まるで性格が百八十度豹変しているかのようである。

 

 言葉もいつもの関西弁ではないし。

 

 おまけに髪もうしろで束ねておらず、やや天然パーマ気味なセットに大きなヒマワリ型ブローチのアクセサリーを付けている。さらに着ている服に至っては、ふだんの野外専用野伏風――あるいは、くの一風の着物ではない。市井の町娘がふつうに着ているような、チャラチャラしたゴスロリ風衣装を着用しているのだ。

 

「ああ……お、おれ……☁」

 

 千秋の突然の変貌はとにかく、孝治は機械的動作で、上体を床から跳ね起こした。

 

 それからすぐに、室内をキョロキョロと見回した。そこには孝治の瞳の前にいる千秋以外にも、心配そうな顔をしている友美と、魔術師の美奈子がいた。

 

 その美奈子の姿は、孝治を大いに驚かせた。

 

「うわっち!」

 

 それはなんと、美奈子が現在、黒衣に着替えている真っ最中でいたからだ。それも孝治に後ろ姿を向けているとはいえ、白い背中とお尻が丸見え。つまり美奈子は全裸の上から、直接黒衣を着用しているのだ。

 

 美奈子が下着も履かないで黒衣を着ていたことを、孝治はきょうになって初めて知った。

 

「お気がつかれはったようでんなぁ☺ ご気分はどないでっしゃろか?」

 

 着衣を終えて黒の魔術師スタイルとなった美奈子が、澄ました顔といつもと変わらずの京都弁で、床の上で上体だけを起こしている孝治に話しかけてきた。

 

 孝治の正体が男性である事実を、すでに承知している美奈子である。いやむしろ、孝治を女性に変えた張本人でもある。だけど、自分自身の裸を以前に孝治から見られたせいか(真実は自分から見せたともいえるかも☻ また、逆襲というわけでもないが、孝治の裸も美奈子はしっかりと見ている✌)、今さらなにを見られても平気――といった、ある種の開き直りが、彼女の全身から感じられた。

 

 ただしこの発想が、孝治以外の部外者にも適用されるかどうかは、極めて微妙かも。

 

 そんな話の推移は、ともかく棚上げ。孝治は憮然とした思いになってよっこらしょと立ち上がり、美奈子に応えた。

 

 ひさしぶりに拝んだ美奈子の裸で、心臓がかなり高ぶっていた。いや、それよりもコブラをいきなり見せつけられ、恐怖症を再発させてくれた衝撃のほうが、今の場合はずっと大きいかもしれない。

 

「……ったくぅ、頭が痛かっちゃよ☠ あんたまた、コブラに化けとったんやろ♨」

 

 ベッドに現われた白いコブラは、美奈子が魔術で変身をした姿である。だから人が毒蛇恐怖症の事実を知っていて、それでもなお好んでコブラに変身する美奈子に、孝治はとても腹を立てていた。

 

 こんな思いでいる孝治に対し、美奈子は相変わらずの澄まし顔。平然と応じてくれるだけでいた。

 

「うちは別に、孝治はんをビックリさせはる気は毛頭おまへんで♥ ただ、お布団の中でぇ、寝ていただけでおますんやけど♦」

 

 人を驚かして悪かったという反省の意思は、やはり毛先にも感じられなかった。これでは孝治も腹の虫が収まらず、つい荒めの口調で突っ込んでやった。

 

「あんたはヘビにならんと寝れんのけ?」

 

 しかしやっぱりというか、美奈子に通用するはずもなし。たぶん孝治を、心底から舐めきっているのだろう。

 

「別にそんなわけではあらしまへん☻ ただ、温い毛布の中で丸うなって寝るんがとても心地良いもんやさかい、いつもそうしておまんのや✌」

 

 『丸うなって寝る』とは、要するにヘビに化けて、とぐろを巻くことらしい。

 

「……な、なんか……ようわかるような気がしたりして……♑」

 

 妙な気持ちではあるが、孝治は納得した気になった。

 

「孝治ったらぁ! そげな話ばしに来たんじゃなかでしょ!」

 

「あっ、そうやった☆」

 

 友美から怒られ、孝治は本題を思い出した。怪盗捜査への協力依頼を――である。

 

「もう、そん話はわたしがするけね♨」

 

「うん、頼むっちゃね☢」

 

 けっきょく交渉も、友美任せ。実際孝治自身、心臓がいまだに、半分ほどドキドキしている状態であるからして。


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