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『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (2)

「……ったく不用心っちゃねぇ☠ いくら未来亭は安心っちゅうても、無防備にも程があるっちゅうもんやろうに☂」

 

 部屋に入った孝治はぶつぶつと文句を垂れ、ついでにもうひと言も付け加えた。

 

「だいたい美奈子さんも千秋ちゃんも、未来亭が謎の怪盗事件の被害に遭ったっちゅうこと、いっちょも知らんとやろっかねぇ?」

 

 孝治のセリフどおり、事件とはいかにも無関係を象徴するかのように、部屋の中はけっこう綺麗に、整理整頓が行き届いていた。さらに備え付けである窓際の机には、赤や黄色いコスモスの花が、花瓶に挿して飾られてあった。

 

 これを見るとさすがにこの部屋が、女の子ふたりだけの空間だと感心させられる。

 

 なお、美奈子と千秋が寝ているであろう二台のベッドは、それぞれ部屋の左右に配置をされていた。その間にはさまれる格好で、窓際に机が置かれているのだ。

 

 孝治は入り口から入って右側のベッド(美奈子と千秋、どちらが寝ているのかはわからない)に腰を下ろした。この部屋の間借り人たちが帰るまで、気を長くして待っているつもりなので。

 

 友美も反対である左側のベッドに、ちゃっかりと腰を下ろしていた。

 

 壁にはたぶん、美奈子の着替え用であろう。魔術師専用の黒衣が三着。ハンガーにかけて提げられていた。

 

 ここでいつもなら当然ついてくるはずなのに、現在不参加中である涼子について、説明をしよう。涼子はひとりで現場検証をするんだと息巻き、きょうから二日前の日にやはり未来亭と同じように盗難被害を受けている、近所の両替商にまで足を伸ばしていた(幽霊だけど涼子には足がある)。それから夕方までには戻って、孝治と友美に調べた結果を報告すると、胸を張っていたのだが(実際丸出し)。

 

「どうせ、物見遊山で終わるっちゃろうねぇ♠ 涼子は自分の絵ば取り戻すことしか頭にないとやけ♣」

 

 孝治は涼子の成果とやらを、ほとんど期待していなかったりする。しかし友美は、孝治のセリフを耳に入れていない様子。その代わりでもないだろうが、孝治の座っているベッドを、ジッと見つめていた。

 

「うわっち? どげんしたとや、友美……♾」

 

 孝治もすぐに、友美の目線に気がついた。すると友美は孝治に応え、右手でそっとベッドを指差した。

 

「……孝治、その毛布の下……♐」

 

 友美が右手人差し指で示している物。それは孝治の座っているベッドに敷かれた、桃色の掛け毛布だった。

 

「うわっち?」

 

 言われて孝治は、自分が尻に敷いているベッドに瞳を向けた。そこでよく見れば、毛布の真ん中部分が、なぜか少々盛り上がっていた。

 

 友美が毛布を指差したまま、緊張気味に言ってくれた。

 

「……そん下になんかおるばい……だって、もごもご動いとるんやけ☛」

 

「うわっち!」

 

 孝治は表彰ものの瞬発力で、ベッドからパッと飛び離れた。さらにその勢いのまま、毛布の端を右手でつかみ、一気にバサッとまくり上げた。

 

 その結果は、やってはいけない行為であった。

 

「うわっちいいいいいいぃぃぃぃぃっ!」

 

 真に大ゲサながら、孝治動転。おかげで火事場の馬鹿力的ジャンプ力で飛び上がり、天井の梁{はり}にボカッと頭のてっぺんが激突。それだけで済むはずもなく、ドサッと床まで落下した。

 

 孝治見事な大醜態。その理由は毛布の下に、全身白色のコブラが、とぐろを巻いていたからだ。

 

 なお、そこから先の記憶は、孝治の頭から抹消されていた。

 

 早い話が気絶したらしい。

 

 まったくふつうのヘビならいざ知らず。孝治は毒蛇の類が大の苦手なのだ。

 

 その原因は誰にも――友美にすら話していない。それでもこれほどの重大事であるからには、なにか強烈な幼児体験があったのかもしれない。しかし孝治自身にもその覚えがまったくないのだから、まさに史上最大の困り物なのだ。しかも無毒であるアオダイショウシマヘビなら良しとして、三角頭のマムシを始め、人が一般的に毒蛇と認知している生物と遭遇しただけで、裸足{はだし}で逃げ出すか失神するかの、究極の選択となってしまう。

 

 それでも最近は慣れというか免疫もできて――子供のころの野菜嫌いを大人になってから克服するように――昔ほど毒蛇は怖くない、と豪語をしていたはずなのだが。

 

 やはりベッドの中からのコブラの不意打ちが、きょうまでの努力(別になにもしていない)を、すべて水の泡にしてくれた。

 

「きゃっ! 孝治しっかりしてぇ!」

 

 意識が途絶える寸前、床の上で大の字(女性だから――というわけでもない。ちなみに男性なら『太』の字)となって倒れた孝治に、友美が驚きの声を上げていた。それからついでに、孝治を失神させようとしている張本人(?)である白いコブラが、口から赤い二股の舌をチロチロとさせている様子も、微かに見えていた。

 

 この騒ぎを、なにかおもしろいモノでも見物するかのように。ベッドの上から、優雅に見下ろしている仕草でもって。


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