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『剣遊記V』

第四章 大捜査戦開幕!

     (16)

 一方、気まぐれと言われても仕方のない単独行動で、孝治たちといったん別れた涼子の行く先は、例の場所。

 

『ここよ、ここっちゃねぇ♡ みんなぐっすり眠っとうみたいばい♡』

 

 涼子がときどき、こっそりと忍び込んで遊んでいる場所――また、ときにはビックリもさせてくれる(例 ヴァンパイアやラミアなどがいる)――未来亭の給仕係たちが寝泊まりをしている女子寮であった。

 

 もちろん店の営業が終了している今現在、全員静かに就寝中。これを絶好のチャンスとして、涼子は女子寮の窓を外からひとつひとつ、内部を覗いて周った。

 

 窓には当たり前ながら、カーテンがかかっていた。だけどそんなものは、物質を素通りできる幽霊にとって、まったく関係なし。すぐに目当てである女の子の部屋へ、壁をすり抜けて侵入した。

 

 本当は桜の木が目印になって、初めっから目的の部屋の場所はわかっていた。それでも各部屋を周るという無駄な方法を取った理由は、涼子の単なる遊び心であった。

 

『この子なんよねぇ♡ あたしが思うに、ネズミに対抗できる一番の戦力になりそうなんわ♡』

 

 涼子から寝顔を見つめられても、目当ての娘はやっぱりと言うか、ぐっすりと眠り続けていた。

 

 早い話が、霊感ゼロ。

 

 涼子のターゲットは白い三毛猫に変身できる娘――ワーキャットの朋子なのだ。

 

 無論今は人間の姿で、幸せそうに睡眠中。涼子はそんな朋子の右の耳に、聞こえるはずのない声で、そっとささやき掛けた。

 

『お休みんとこごめんなさいね♠ でも、今度の事件にはどげんしたって、あなたの協力が必要なんよ♣ やけん今夜だけ、あなたの体ば借りるっちゃね♡』

 

 ある意味――と言うより、まさに勝手極まる迷惑ごと。涼子は朋子の体の上に、直接乗りかかった。

 

 それからこの現場を目撃している者がいれば、まさに朋子の体と重なり、溶け込むようにして消えていった。

 

 これぞ数ある幽霊の得意技のひとつ――その名も憑依現象。

 

 とたんに朋子の上半身が、ピクリと動いた。さらにふたつの瞳も、パッチリと開いた。

 

 続いて朋子の口から出た言葉。それは声質こそ元のままであるが、口調は明らかに涼子のものとなっていた。

 

「やったぁーーっ! 初めて他人の体に乗り移ったっちゃけど、けっこううまく行ったみたい! これであたしも猫になれるとやろっか♡」

 

 さっそく変身を実行しようと、朋子――いや涼子はかぶっていた毛布を、ガバッと跳ねのけた。

 

 すると、驚きの連続。

 

「やだあ! この子、裸で寝とったと! パンティーも穿いとらんやない!」

 

 涼子自身の日頃の行ないは、この際棚に上げる。それより朋子も寝間着はおろか、下着一枚ですら、身に付けていなかったのだ。

 

「……まあ、考えられんこともなかっちゃねぇ……✍」

 

 ここで慌てず騒がず、涼子は両腕を組んで推察した。ライカンスロープは自分の意思で、自由に獣にも人間にもなれるという。しかしついうっかり、弾みで変身する場合もある――と、涼子は生前にある知り合いの魔術師から聞いた覚えがあった。

 

 だからもし、そのとおりだとしたら、夢を見てその内容で変身する可能性もあるわけだ。そうなると、睡眠中にいちいち服を脱ぐなんて、できっこない。そのためこれが面倒で、朋子は寝るとき、なにも着ないようにしたのだろう。

 

「ライカンスロープも、けっこう大変な生活しとるちゃねぇ〜〜✍」

 

 などと、当のライカンスロープたちが耳に入れたら、それこそ『大きなお世話ったい!』と文句を叩かれるに違いない。そんなつまらないセリフをつぶやいた涼子憑依中である朋子が、ベッドから起きて床に立ち上がった。

 

 そのついで、部屋にある着付け用であろうか。大型鏡に映っている、自分(?)の姿を眺めてみた。

 

 ある意味ふだんとまったく変わらない、全裸姿ではあるのだが。

 

 照明は、カーテンを開いた窓から差し込む、月の光だけ。それでもひさしぶりに獲得した、血の通う肉体なのだ。命を失ってまだ間もないが、やはりとても温かいものである。

 

「あっと! 見取れとう場合じゃなかっちゃね☝ どげんしたらあたし、猫になれるとやろっか?」

 

 ここで当初の目的を忘れなかった自分に、最大限の賛辞を贈りたいところ。むしろこれからが問題なのだ。

 

 ライカンスロープたちはいとも簡単に、変身技をこなしている。だけどそれができない一般の人間に、その技が伝授されるはずがない。それでもグーをチョキに握り変える程度の気安さだと、やはり生前に涼子は聞いていた。

 

 そのとおりだとしたら、まさに呪文も念力も、なにも要らないわけ。

 

 だからこそなおさら、変身への対処法がわからない――という結果にもなってしまう。

 

 一般的に幽霊が他人の体に憑依をすれば、その身体を自由放題に扱える――と思われている。

 

 だが実際は、そんなに安直なものではない。幽霊が取り憑いた瞬間、肉体の真の持ち主は昏睡した状態となり、その能力も事実上麻痺させてしまう。

 

 だから運動などの肉体的作用だけならば、なんとかして扱えるだろう。しかし幽霊が魔術師などに憑依をしても、幽霊自身に魔術の心得がなければ、力の使用は不可能である。

 

 ただし、魔術のように学んで得る学習ではなし。ライカンスロープのように肉体的な能力が備わっている場合、取り憑き方しだい(?)によっては、その力を活用できる――はずである。

 

 もっともそれはそれで、変身をうながすきっかけのような現象を、幽霊が知っていないといけない話であるが。

 

 とりあえず涼子は。朋子の体を床の上で四つん這いにさせてみた。

 

 もちろん現在の朋子は、一糸もまとわぬ真っ裸の格好。これで体の持ち主がもし目を覚ましたら、『こげにゃ恥ずかしいことさせにゃいで!』と、メチャクチャに文句を言われそうな振る舞いといえよう。

 

 しかし朋子の体には、なんの変化は起こらなかった。

 

 生前からの癇癪持ちを自認している涼子は、これにて少々ヤケッパチ気味。つい声に出してわめいてみた。

 

「もうっ! 猫にならんね!」

 

 この大胆極まる行為は、ふだんいくら大声を出しても孝治と友美にしか聞こえないので、周囲に不感症となっているせいであろう。だがこれは、うれしい誤算――いやいやうれしいヤケッパチとなった。

 

 声に思いを託したとたん、朋子の体に異変が始まったからだ。

 

「あ、あれ……?」

 

 いきなり視界が揺らぎ始めた。それから朋子の体が、みるみると収縮を開始。しかも全身から、白い獣毛が密生を始める始末。

 

 涼子はすぐに、直感した。

 

「これって、猫の毛やね!」


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