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『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (10)

 時間を少しだけ遡{さかのぼ}る。

 

 金庫室にはいなくても、怪盗団の行動をすべて把握している者がいた。それも犯行が行なわれた金庫室の、思いっきり隣りの部屋で。

 

「これは驚きでおますなぁ……まさかよりにもよって、うちらが張り込んでる店にいきなり犯人はんたちが現われはるやなんてねぇ☀ それに怪盗にワーラットが混じっとうかもしれへんって言うてはった孝治はんの推理もピッタリやわぁ✍」

 

「師匠、どうしまんのや? いっそんこと、師匠と千秋と千夏で、犯人を追っ駆けまっか?」

 

「うわぁ! 千夏ちゃん、ワクワクドキドキ、楽しみさんですうぅぅぅ♡」

 

 言うまでもなくこの三人は、美奈子と千秋と千夏である。しかもこの場所は、金庫室の右隣りの部屋――宝石商の女子更衣室。そこで三人は息を潜めて隠れていた。ただし、師匠と弟子ふたりは黒衣で身を包み、壁にもたれてこのときを、今か今かと待ち続けていた――わけではない。まさか本当に自分たちの所へ来るとは、夢にも思っていなかっただけの話なのだ。

 

 さらに美奈子の両手には、色とりどりのコスモスが握られていた。その中の青色のコスモスから、怪盗団の会話が聞こえいた。

 

 覚えておいでであろうか。金庫室にも同じ青色のコスモスの花が飾られていたことを。

 

 早々にタネ明かしを行なえば、このコスモスは美奈子があらかじめ仕掛けておいた、魔術の通話装置である。つまりこれを置いておけば、どんなに離れた場所からでも、その部屋の様子が盗聴できるわけ。

 

 だから使い方によっては、悪用も可能な優れものである。

 

 そもそもふつうならば、コスモスには赤や白や黄色しか存在しないはず。それなのに青や緑や紫色などが咲いている設定自体、花が魔造物だと言うことの証明であろう。

 

 それだけではない。仕掛けはさらに、大規模に行なわれていた。

 

 やがてコスモスからの声が途絶えたので――怪盗団が金庫室から出て行ったと思われた。そのときになって美奈子は、床からすくっと立ち上がった。

 

 それからふたりの弟子を見下ろして言った。

 

「千秋と千夏はここにおってや✋ あいつらはうちが追いますさかいに✌」

 

「大丈夫でっか? 師匠……☁」

 

「千夏ちゃん、とってもぉとってもぉ心配さんですうぅぅぅ☁」

 

「心配要りまへんで☀」

 

 美奈子はやや緊張気味でいる双子姉妹――千秋と千夏に優しく声をかけた。そのあと愛弟子たちが見ている前で、着ている黒衣を脱ぎ始めた。

 

 ここが更衣室だから――というわけでもないのだが。

 

「今の犯人たちの声は、他の店で張り込みしてはる孝治はんたちにも聞こえたはずでおます✌ そやさかい、千秋と千夏はここで待って、皆さんが来はったら誘導しておくんなまし♡」

 

「はいですうぅぅぅ♡ でもでもぉ、皆さんここの場所さんがぁ、わかるんですかぁ?」

 

「当ったり前や! 千夏も弟子やったら、師匠の言葉を信じんかい✌」

 

 千秋は美奈子をガッチリと信頼しているが、千夏はまだまだの様子であった。

 

「それも大丈夫でおます✌」

 

 そんな千夏に師匠である美奈子が、いかにも自信たっぷり気で、右の瞳をウインクさせた。

 

「ここに赤やら青やら黄色やらいろんな色のコスモスがおまんのやけど、実は同じコスモスが他の皆さんの所にもありもうして、張り込み場所で、それぞれ色を指定しておまんのや✌ それでうちらのいる所は青と特定されてますさかい、他の場所で張り込んではる人たちにも、すぐにここだとわかる手筈になってます☟ そして衛兵隊の本部にも同じコスモスを置いてますさかい、もうすぐ衛兵さんたちも大挙して、ここに押し寄せて来まっせ✌ そのときは案内をあんじょうよろしゅうお願いしますえ☞」

 

「はい☀ わっかりましたで、師匠☆」

 

 師匠――美奈子の意を汲んだ千秋が、しっかりとした声音で返事を戻した。

 

「はいですうぅぅぅ♡ でもぉ、なんだかぁおっかなそうですうぅぅぅ♥」

 

 千夏もようやく納得をしてくれたころには、美奈子は着衣をすべて脱ぎ終わり、恒例である裸の姿となっていた。

 

 いつもの定番ではあるが、同性の前では美奈子は、まったく遠慮をしなかった(孝治も例外に非ず☻)。

 

 それから千秋が、床に置かれた黒衣を拾い上げた。同時に美奈子がその場でしゃがみ込み、小声での呪文を開始。わずか一秒にして、華麗な裸身を白いコブラに変化させた。

 

 何度も申しているが、美奈子お気に入りの変身術である。

 

 白いコブラとなった美奈子は、一度だけ千秋と千夏に振り返った。もちろんコブラなので、もう声は出せないけれど。

 

 それからすぐ、部屋の隅にある小穴に、スルスルと細長い体をすべり込ませていった。これは隣りの金庫室に通じる穴である。とにかく地下のようなせまい場所で追跡を行なうには、蛇の体型が実に打ってつけなのだ。

 

「師匠! 気ぃつけてやぁ!」

 

「千夏ちゃん、とってもぉとってもぉ心配ですけどぉ、すぐにあとから行きますですうぅぅぅ✈」

 

 千秋の燃えるような瞳。さらには千夏の可憐でつぶらな瞳が見守る前で、美奈子の白くて細長い体が、暗い空間の中へと消えていった。


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