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『剣遊記閑話休題編U』

第三章 ヴァンパイア娘の大災難。

     (4)

「あーたがそぎゃん目に遭{お}うとったとは、少しもしってませんでしたわ♋ いや、ほんなこつ申し訳なかことで☁」

 

 水晶亭に帰り着くなり、彩乃を自分の私室に招いて事の顛末を訊いた祐一は、深々と彼女に頭を下げ続けた。だけど、別に祐一を責める気などさらさらない彩乃は、むしろ思いっきりの恐縮を感じる心境となっていた。

 

「い、いえ! わたしそがんつもりやなかとですよ☁☂」

 

 それでも祐一のペコペコは止まらなかった。

 

「いえ、おとっじょの不祥事は、このあんじゃもん……いや兄の責任ですばい! どげな償いかてしますけん、なんなりとおっしゃってください!」

 

「そ、そがんですかぁ……☹」

 

 このとき彩乃の頭の中で、ピカリと閃く💡モノがあり。

 

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えまして……こん黒川で、どっか風光明媚なとこに案内ばしてくれませんか? どこかふつうに有名なとこでもよかですけど♡」

 

「風光明媚……ですかぁ?」

 

 ヴァンパイア娘――彩乃からの要望は、双子の兄――祐一にとって、予想からまったくかけ離れた返答だったようだ。彼は最初、訝しげそうに眉間にシワを寄せたのだが、すぐに気を取り直したらしい。

 

「わかりもうした☆ 償いにはならんと思いますばってん、景色ん良か場所ならよう知っちょりますので、すぐにでもご案内いたしましょう★」

 

 彩乃の頼みをひと言で承諾してくれた。

 

「では、早速参りましょう☞」

 

 そう言って祐一は、今度は右手を差し出し、彩乃の左手を握ろうとした。しかし彩乃は軽くその手をすり抜け、逆に小悪魔的イメージの微笑を、祐一に送り返してやった。

 

「ごめんばってん、行く前にわたし、もう一回温泉ば入りたかぁ〜〜っち思いようとです♡ こがんわがままば言うてええやろっか?」

 

「温泉ですか? これはまた、入浴好きなお嬢しゃんですなぁ♥」

 

 祐一は再度眉間にシワを寄せる代わり、今度は目を丸くしていた。もちろん二度目の頼みも断らず、柔和な笑みを取り戻して、彩乃に返答をしてくれた。

 

「よかですよ♥ 僕は下の執務室で待っちょりますので、どうぞごゆっくりと☀」

 

「おーきん(長崎弁で『ありがとう』)♡ 祐一さん♡」

 

 軽く一礼を返したあと、間髪入れず、彩乃は祐一の私室から飛び出した。


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