『剣遊記閑話休題編U』 第三章 ヴァンパイア娘の大災難。 (3) ところが祐一は、彩乃の右横に立つ自分の弟――祐二をギロリとにらみつけた。それから、いきなりだった。
「祐二っ! わら彩乃さんばやったとかぁ!」
有無も言わせずボゴッと、兄が弟の頬を右手で殴り飛ばした。
兄――祐一の右拳はかなり強烈らしく、祐二の体が一気に後方まで吹っ飛んだ。
「わらがこぎゃん根性ばおろいモンとは思わんかったばい! いくら血ぃ分けたおとっじょ(熊本弁で『弟』)でも、絶対許さんけね!」
「…………☁」
顔を真っ赤にして、祐一が怒声を張り上げた。一方の殴られた祐二は、鼻から血を流しながら、なぜか無言を貫いた。逆に兄をにらみ返すようにして。
(あっ……もったいなか……☻)
流れる血を視界に入れ、彩乃はつい、ヴァンパイアとしての性{さが}を疼{うず}かせた。
とにかく祐二は、どことなく不服そうな顔付きであった。しかし祐一はそんな弟には構わず、彩乃に向かって左手を差し出すだけだった。
「さあ、もう帰りましょう。おとっじょの謝罪は僕が必ずさせますので、きょうはほっつくのはやめて部屋でゆっくりと休んで、とにかく気ば落ち着かせてください⛅」
「は、はい……♡」
双子の兄の言葉を、彩乃は初め、トロンとした心地で耳に入れていた。だけど、自分の右手を握る祐一の左手に、瞳を向けたときだった。彩乃は彼の左手の甲に、白い布が巻かれていることに気がついた。
「あってま、包帯ですか?」
もっとも祐一のほうも、この件について訊かれるだろうと、あらかじめ予想をしていた節があった。
「ああ、これですか☟」
それからすぐに手を離し、左手を軽くパタパタと上下に振ってくれた。
「大したケガやなかとですよ☻ 庭で草刈りばしよったときにミスばして、自分の鎌で自分ば切ってしもうたとですから☻ 僕はこぎゃん見えたかて、けっこうぬすけとう(熊本弁で『ぼーっとする』)とこがあるとですから☀」
「へぇ〜〜、そうなんやねぇ〜〜♡ 祐一さんって、庭の手入れもやっとんやねぇ〜〜☀」
「え、ええ、これも大事な仕事んひとつですからね✄」
「後継ぎも大変なんですねぇ〜〜☀☆」
また新たに半分陶酔の気持ちとなりながら、彩乃はねぎらいつつもケガの件について、これ以上祐一には問わないようにした。
一応この場では。
ただひとつの例外として、祐一さんの血って美味しいんやろっか――などと、とんでもない欲望を付け加えた以外には。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |