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『剣遊記閑話休題編U』

第三章 ヴァンパイア娘の大災難。

     (2)

 こがんなったらもう、ヴァンパイアの十八番。コウモリになって、空から追い駆けるばい――と考えたときだった。

 

「おーーい!」

 

 その見覚えのある体型の男が走って、彩乃の元へと駆けつけてきた。

 

 当の第一容疑者が。

 

「大丈夫けぇ! ぬしゃん声がしたけん、見に来たばってんがぁ!」

 

 走って来た者は祐二。それも相変わらずのくだけた格好で。温泉でのびしょ濡れが、こんなにも早く乾いたというのか。だけどその表情は、真剣そのもの。今までのニヤけ顔とはまったく違う、初めて拝見する真面目な顔付きをしていた。

 

 しかしいきり立っている彩乃のほうは、不信をあらわに、速攻で祐二へ喰ってかかった。

 

「なんばシラジラしかこつ言うちょんねぇ! たった今、わがわたしば襲ったとでしょうがぁ!」

 

「えっ? オ、オイがけぇ?」

 

 彩乃は祐二を犯人と決め付けた。理由は逃走した男の体型が、祐二そのものであったから。

 

 無論祐二は、頭を横に振った。

 

「な、なんとつけむにゃあこつ言うとっとやぁ……オイがぬしば襲うようなだらモンに見えるんけぇ!」

 

「いんやーぎんやねぇ! よかね! 今度おんなじことばようやったら、今度こそわがん血、全部吸い上げてやるばってんね! そんときは覚えときんしゃい!」

 

「彩乃さぁーーん!」

 

 そこへまたタイミング良くと表現をするべきか。祐二の兄祐一が、現場にバタバタと駆けつけてきた。

 

「あ……祐一さん♡」

 

 そのとたん、赤く光っていた彩乃の瞳が、一瞬にして金色に。さらに元の漆黒へと、パッと変わった。また逆立っていた髪も、パサッと元どおり。これってけっこう、便利な特徴。これらの彩乃の変化を見たのか、それとも見ていないのか。とにかくふだんの仕事着である紺の背広姿で参上した祐一は、到着するなり開口一番、息を切らしながらで彩乃に尋ねた。

 

「い、いったいここでなんがあったとですか! ちょっと近こうまで用ばあって来たとですけど、急に大きなおめき声ばしたんで駆けつけたら、あなたやなかですか!」

 

「あ……わ、わたし……実はぁ……☁」

 

 彩乃はこのとき、一瞬だが返事をためらった。それはいくら憎たらしい祐二に襲われたからと言って、血の繋がっている実の兄に、犯人として突き出す気にはなれなかったからだ。


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