『剣遊記\』 第三章 南から来た大海賊。 (6) 「店長がなんも言わんかったら、俺は辞職願いば出してでも、瀬戸内海に行くつもりやったとですから✊」
「おいおい、君みたいなベテラン戦士に辞職されたら、こっちの経営が危なくなるがや」
これは帆柱の冗談とはわかっているのだろうけど、黒崎は能面の異名を持つその表情に、珍しくも苦笑の色を浮かべていた。
それからもちろん、孝治も黙ってはいなかった。
「店長……おれも忘れんといて……くださいよ✌」
正式な依頼があり、しかも報酬までも約束されてあるとなれば、これは当然参加しないわけにはいかない。そこで孝治は黒崎の背広の裾を右手でひっつかみ、しきりに気を引こうとした。
しかし――であった。
「おや? 君は誰だがや?」
「うわっち……店長、そげん意地悪ばせんといて……☢☠」
先ほどの悪口の逆襲をされ、孝治の面目は丸潰れ。
「ははは、冗談だがや冗談、孝治も帆柱君の手伝いで行っていいがね」
けっこうな年齢をして(設定は不詳であるが)、まるでいたずらが成功した子供のように、黒崎は今度は柔和そうな笑みを一同に向けた。
「これでとりあえず、戦士をふたり派遣できるがや。あとは魔術師ってとこだがな」
次に未来亭に帰店中の者からの人選を考えているらしい黒崎の目が、友美に向けて止まった。無論孝治の参加が決定しているのだから、こちらも言うまでもなかった。
「いいかな? 友美君」
「はい、喜んで♡ わたしも行きますけ♡」
『はいはぁーーい♡ 店長、あたしもねぇ♡』
自分の姿は見せていないし、また声も聞かせていないことは、わかっているのだろう。それでも涼子も、声を張り上げて(?)、右手を大きく上に上げた。
「ん? どうしたがや、友美君。顔を赤くして」
「えっ! い、いえ……なんでんなかです☠」
涼子の存在を知らないであろう黒崎に、友美が顔を赤面化させた理由など、わかるはずもなし。ついでに孝治は、苦虫を二百六十五匹分(根拠不明)噛み潰し中。幸いにして黒崎はそれ以上、なにも追及しないで話を進めてくれた。
「そうか。なんでもなけりゃあ、それでええがね。それより魔術師といえば、美奈子君と千秋君と千夏君の三人が帰店中だがね。戦力は多いほうがええから、あとで孝治から話を掛けといてくれ」
「はぁ〜い、わっかりましたぁ〜〜♡」
『ふぅ〜ん、あの三人もおったちゃねぇ♐ で、あの三人が来るっちゃろうか?』
孝治は黒崎に向け、どことなく気のない返事で応じた。一方で涼子のこっそりとしたセリフには、どこか懐疑的な内容が含まれていた。恐らく涼子は、美奈子と双子姉妹の性格をあらかた知っているので、たぶんに非協力的だとでも考えているのだろう。
(おれもそう思うっちゃねぇ☻)
孝治も声には出さずに同感した。このときそんな涼子の幽体をすり抜け、突然甲高い声が室内を駆け抜けた。
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