『剣遊記\』 第三章 南から来た大海賊。 (4) 「これは僕が内密に調べさせ……いや、調べたことなんだが、瀬戸内海のある小島を根城にして、最近南洋から某大国の艦隊に追われた海賊団が棲みついたらしいがや。それで瀬戸内海一帯の衛兵隊やギルドが懸命になってその所在を捜してるようなんだが、いまだにその根城がハッキリせんらしいがね」
こちらも一同を見回し、なんらかの調査結果を述べる黒崎の右手には、一枚の書類と一通の封筒が、いっしょに握られていた。
どうやらその書類に、海賊に関する報告が記されているようだ。そのためか黒崎は、書類にたびたび目を通しながらで、淡々と内容を話していた。
「すると、衛兵隊もお手上げっちゅうことですか?」
話の途中で帆柱が尋ねると、黒崎はこれに、頭を横に振る動作で応じた。
「そうは言うとらんがね。確かなことではにゃあが、海賊の首領の素情はだいたいわかっとうがや。報告によれば、首領の名前は馬図亀{ばずかめ}っちゅうて、神出鬼没を得意分野とする海賊だそうだがね。だから広い外洋よりも、せまい瀬戸内海のような内海のほうが、存分に腕を奮えるようだがや」
「なんか豪快さに欠けるっちゅうか、セコい海賊っちゃねぇ☠」
黒崎の説明を聞いた孝治は、思わずポツリとささやいた。続いてポツリとささやいた者は、永二郎であった。
「おれ……島の位置をしゃに覚えとう……♐」
「えっ? それほんなこつ?」
すぐに孝治を始め、全員が永二郎に注目した。これに永二郎は、記憶の片りんを頭の引き出しから探り出すようにして答えた。
「第五開陽丸が襲われたんは、てーげーだけど小豆島を過ぎた辺りだったから……きっとその辺の島に、海賊の根城があると思うんさー……✑」
「じゃあなして、地元の衛兵にそこんとこば訴えんかったとや?」
「や、やしがぁ……⚠」
正男から痛そうな指摘を受けると、永二郎は少しだけ、ノドを詰まらせた。それからあとは、一気呵成の告白となった。
「……そ、そんときは桂に逢うことでしゃに頭がばんない(沖縄弁で『たくさん』)で……ちけーの岡山県でも広島県でも良かっただはずだったのに、上陸して島の場所を言うことが思いつかなかったんさー☂ 船長や開陽丸のみんなにでーじごめんと思ってる……☂」
「ううん! 永二郎さんは悪くないぞな! 悪いのは海賊やが!」
どうやら自分のことだけを考えてくれていた永二郎の本音が、うれしくてたまらないらしい。桂が永二郎を庇い立てした。
「永二郎さんを責める暇があったら、今すぐにでも海賊退治に行ってつかーさい! ほうじゃけんこうして、みんなで集まってんだから!」
「別にまだ、それが決定したっちゅうわけやなかけどやねぇ☁」
孝治のつぶやきなど、もはや桂の耳には入らなかったようだ。さらに椅子に座っていた永二郎が、ここでいきなりガバッと立ち上がって、床に両手をついた。
「そうなんだばぁよ! 早く助けに行かんと、船長たちが奴隷にされるかくるされるか……店長、お願いだばぁ!」
それから店長――いや一同に向かって土下座をした。
「皆さんの力を、どうかおれに貸してみそーれ! 一刻も早よう開陽丸の仲間を助けたいだわけさー! いや、島にはたぶん開陽丸だけじゃなく、もっとばんないの船が捕まってるはずですさー! このままだと瀬戸内海が海賊に蹂躙されてしまうんさー!」
「あ、あたしもお願いするぞな!」
桂までが永二郎の右横に並んでひざまずく。そんなふたりの一途な姿を見下ろして、孝治は半分冷めた気持ちで言ってやった。
「駄目っちゃよ☠ どこでもよかっちゃけ、正式な依頼でもねえ限り、うちん店長は動かんっち思うけね☢ ただの海賊退治やったら、一文にもならんちゃけねぇ〜〜☕」
「そうそうっちゃ☹」
正男もどちらかと言えば、孝治に同調的でいた。そんなふたりの頭上から、なぜか前兆も予告も脈絡もなし。いきなり大きな金だらいがゴォーーンッと落ちてきた。
「うわっちぃーーっ!」
「あ痛えーーっ!」
犯人は涼子得意のポルターガイスト{騒霊現象}だった。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |