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『剣遊記\』

第三章 南から来た大海賊。

     (2)

 わずか三日でケガがすっかり完治した永二郎は、早くも階下の酒場まで、自力で下りられるほどに体力を取り戻していた。

 

 これもライカンスロープの驚異的な自然治癒力が成せるパワーであろう。

 

 また、背中に刺さった銛による傷も、今や痕跡程度にしか残っていなかった。

 

 ただしこのような場合、ふつうの女の子であれば彼氏の具合を気に懸けて、無茶を止めさせるシチュエーションに違いない。しかし桂は、例外の部類と言えた。なんと言っても桂は、永二郎の無限の底力を、心の奥から信じていた。だからみんなのいる所まで永二郎が歩いて行く努力を、積極的に手助けもするほどだった。

 

 その桂と永二郎を待っている面々――未来亭の酒場の一角では改めて話を聞くため、孝治たちはコーヒーやジュースなどの飲み物を用意して、大勢でテーブルに着いていた。

 

 もちろん由香たち給仕係の一同も、いっしょに永二郎の話を聞きたかったという。だけどあいにく、現在未来亭は営業中。ここは一応我慢をして、本業に精を出すしかないようだ。そんな給仕係の彼女たちを除けば、テーブルの顔ぶれは孝治と友美。それとこのふたりにしか見えない涼子。さらに、ふだんは傭兵稼業が多忙で不在が多い身の上だが、今回は都合良く未来亭に戻っている孝治の先輩戦士――帆柱正晃{ほばしら まさあき}も同席していた。

 

 なお、先に説明を加えておく。帆柱はケンタウロス{半馬人}である。だから彼の体型は充分に成長した成馬から頭部を外し、そこに人間の上半身をくっ付けたような格好。従って店内などの建物の中では、とても窮屈で仕方がないようでいた。ところがそれでも、帆柱は強引に店の中へと入り込み、永二郎の話を聞くようにしていた。

 

 ついでながら、同じ席に盗賊の枝光正男{えだみつ まさお}もいた。その正男が永二郎の驚異的回復ぶりを拝見するなり、まるで自分の手柄であるかのように自慢を始めた。

 

「よう、見たっちゃね! おれたちライカンスロープの生命力ば! そやけんどげな大ケガばしたって、たったひと晩でペペイのペイやけねぇ!」

 

 孝治はそんな正男を右から横目で眺め、皮肉混じりでささやいてやった。

 

「ふぅ〜ん、まあ、おまえがたとえ他人事でも、自慢したくなるっちゅう気持ちはわかるっちゃよ☻ なんせ正男も永二郎とおんなじライカンスロープなんやけねぇ☞ で、それよかいっちょもわからんのが、なして正男がここにおるかっちゅうことなんやけど✄」

 

「それば訊くんやなかぁ!」

 

 どうやら痛い所を、孝治はズバリと突いてしまったらしい。正男がテーブルに突っ伏して、愚図愚図と愚痴をこぼし出した。しかもいつ飲んだかは知らないが、少々お酒も入っているご様子。

 

「秀正ん野郎ぉ! おれが予定ばしちょった遺跡発掘の仕事ば、女房子供のためやっちぬかして、こんおれから取り上げやがったとばい! いくら妻帯者で家庭持ちやからっちゅうて、なんでもおれよか優先しゃあがってぇ!」

 

 言われて孝治も、今になって気がついた。

 

「そげん言うたら、こん前いっしょに飲んでから、秀正の顔ば見んねえっち思いよったら、そげんことやったっちゃね♐」

 

 和布刈秀正{めかり ひでまさ}も正男と同業の盗賊であり、孝治とは大の親友。だから前述のとおり、つい先日も正男を加えた三人で、夜の街をいっしょに飲み歩いたはずであった。ところが最近、秀正の愛妻穴生律子{あのう りつこ}に愛娘の祭子{さいこ}ちゃんが産まれて以来、仕事を優先にして、孝治たちとはなにかと疎遠になっていた。

 

 飲むときだけは別らしいが。

 

 ただ、戦闘でも始まらない限り、盗賊は戦士よりもずっと多忙であるのも、またひとつの事実であった。なにしろ世の中には遺跡や隠れたお宝が、けっこうゴロゴロとしているものだから。

 

「家庭ば大事にするんもけっこうちゃけどぉ……働きすぎで体ば壊さんごとせんといけんちゃのにねぇ……♠♣♦」

 

『孝治も友達んこつ心配っちゃね⚖』

 

 うしろからこそっと、涼子が孝治に声をかけてきた。孝治は正男に聞こえないよう、これまたこそっと小声で返してやった。

 

「当たり前ばい……あいつとおれとの仲は長いっちゃけ✌ 親友の体ば気づかうんは当たり前っちゃよ✊」

 

 孝治は一応、正論で返してやったつもり。だがやはり、涼子はよけいなひと言を言わずにはいられない性分だった。

 

『でもそれって、あくまでも友情ってことやろ☻ やけんいくら自分が女ん子やからっちゅうて、妻子持ちの親友にチョッカイば出したらいかんとやけね☢』

 

 孝治はドテッと、椅子から転げ落ちた。それからそのままの姿勢で叫んだ。

 

「しゃーーしぃったい! おれがそげなこつするわけなかぁ!」

 

「おまえ、誰におらびようとや?」

 

 いきなり叫んだ孝治の突飛ぶりに、正男だけではなく、この場の全員が目を白黒させていた。


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