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『剣遊記\』

第三章 南から来た大海賊。

     (10)

「はっあーーいっ☀ どうぞさんですうぅぅぅ♡」

 

 間髪を入れずに部屋の中から、千夏の度を超えた明る過ぎる応答が返ってきた。孝治はドアを開ける前に、中へ呼びかけた。

 

「ごめん! 孝治やけど、入っていいね?」

 

「はぁい☀ 入ってくだしゃいですうぅぅぅ♡」

 

「では☻」

 

「お邪魔しまぁ〜〜す♡」

 

 ドアを開いて、孝治と友美は入室した。ついでに涼子も、再度の壁抜け。こちらは無断侵入の疑いあり。もっとも、そそのかした黒幕は孝治であるが。

 

「おっひさしぶりでぇ〜〜っす☀ 孝治ちゃん♡ 友美ちゃん♡ 千夏ちゃんでぇ〜〜っす♡」

 

「お、おひさしぶり……☃」

 

 孝治も思わず身をドン引きさせてしまうほど、千夏の超天真爛漫ぶりは、相も変わらず雲ひとつない晴天の五月晴れだった。

 

 言い方を変えれば、もろに能天気。

 

「千夏ちゃん、なんしよったんね?」

 

 涼子からとっくに情報を収集済みだが、それをごまかすためか、友美がなにも知らない振りで千夏に尋ねた。実際に千夏は涼子の報告どおり、花瓶に花を生けている最中でいた。

 

 余談だけれど、生けている花がヒマワリなのが、なんだか妙に千夏に似合っていたりして。

 

「はぁい☀ 千夏ちゃん、お花さんをお部屋さんにぃ、飾ってますですうぅぅぅ♡」

 

「あ……そ、そうね☏」

 

 そげなん見ればわかるったい――と言いたいが、千夏にそのような一般常識は通用しない。孝治は額に流れる汗をハンカチで拭き拭きしながら、とにかく机(部屋に備え付け)の左横にあるベッドに腰を下ろした。

 

 ここで改めて室内を見回せば、美奈子の部屋の装飾は、以前に訪問をしたときと、まったく配置が変わっていなかった。

 

 その気になればいくらでも、魔術で模様替えが可能なはず。しかし孝治と同じで遠征の仕事が多いためだろう。部屋をもっと、自分好みに変える暇もないのかもしれない。

 

「……で、美奈子さんと千秋ちゃんは、今外出中?」

 

 花と部屋の様子はさて置き、孝治は早速本題に入った。すると千夏は、師匠と姉の件を尋ねられたとたん、なぜかうれしそうな笑顔に変化した。

 

「はっあーーい☀ 美奈子ちゃんはぁ、今ぁお部屋さんから出てぇ、お外をお散歩さんしてますですうぅぅぅ♡ それとぉ、千秋ちゃんはぁ、街にぃ、お買い物さんですうぅぅぅ♡ でもぉ、美奈子ちゃんもぉ千秋ちゃんもぉ、千夏ちゃんとのぉお約束でぇ、もうすぐ帰ってきますですうぅぅぅ♡」

 

「あ、そうね☻ そんじゃ待たせてもらうっちゃね♐☕」

 

 別段急ぐ必要もないので、孝治はベッドに座ったまま、勝手にくつろがせてもらうことにした――と、思う間もなくだった。

 

「ああっ☀ 美奈子ちゃんがぁ、帰ってきましたですうぅぅぅ♡」

 

「うわっち!」

 

 なんの心の準備もないうちから、急に千夏がはしゃぎだした。

 

「うわっち! どこ? どこにもおらんやない?」

 

 孝治は思わず立ち上がって、ドアに顔を向けた。だけど、誰かが入ってくる気配も足音もなし。

 

「まさかやけど、窓から帰ってくるんやなかっちゃよねぇ?」

 

 相手は魔術師であるのだから、それくらいはやりかねないだろう(孝治の偏見)。しかし孝治の真正面にいる友美と涼子は、このときふたりそろって、右手人差し指で真上を指差していた。ふたりとも、少々引きつり気味の顔になって。

 

「孝治っ……天井ばい☝」

 

「うわっち?」

 

 友美から言われたとおり、すなおに天井を見上げる余裕もなかった。突如白くて長いモノが、孝治の頭と肩の上に、ドサッと落ちてきたからだ。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 全体が粘着質の皮膚感に、白い鱗に覆われた細長い全長。

 

 そいつが鎌首を孝治の顔に向けて持ち上げ、おまけに無表情な口からは、赤い二股の舌がチロチロと伸びていた。

 

「…………

 

 孝治は言葉を失い、そのままベッドの上にて昏倒した。

 

 わかってはいるけれど、毎度毎度の定番で。


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